地場不動産事業者15年の挑戦
高齢化の進展や人口流出を背景にした中心市街地の衰退は、今や全国各地の都市で大きな課題となっている。それは、地域に根差した地場不動産事業者にとっても死活問題だ。今回は、活気を失われていた商店街を再生しようと、様々なプロジェクトを手掛け、新たな風を呼び込んできた地場不動産事業者の15年の挑戦を紹介したい。
「買うのは止めたほうが」…金融機関までが反対

大分県大分市で1938年創業。自社ビルの賃貸業と賃貸仲介・管理業等を手掛けてきた新大分土地。中心市街地の空洞化と自社ビルストックの老朽化で空室率が50%を超えたことから、2000年以降自社ビル3棟の大規模リニューアル、コンバージョン事業を相次ぎスタート。デザイン性に富んだ小規模店舗やスモールオフィスを供給し若手起業家を呼び込み、敷金や礼金の免除やコミュニティづくりのサポート等を通じて彼らを支援。まちに新たな風を呼び込んだ。
だが、同社代表取締役の阿南勝啓氏は、同市の中心市街地を縦横にはしる商店街の活気が失われてきたことに、危機感を募らせていた。「歩く人影はまばら。テナントが決まらず数年間空いたままといった店舗が、年々増えていました。特に当社にも近い『竹町通り商店街』の西側は空き店舗が目立っていました」(阿南氏)。
ただ空き店舗が並んでいるだけならまだいい。問題は、空き店舗が解体されて空き地や駐車場になり、アーケードが歯抜けになりつつあったことだった。「アーケードは建物が並んでいることが前提の通りです。建物がなくなると雨風やほこりが吹き込んでくる。防犯上もよくありません」(同氏)。

こうした状況を何とかしようと同社は、竹町通り商店街西側(この頃から同社が「竹西エリア」と呼称するようになる)で、アーケードを挟み向かい合う店舗2つを取得した。「ある金融機関からは『なんでこんなところを買うのですか?もっと他に買うべき場所があるのでは』と反対されました。地域を盛り立てるのが銀行の役目のはずなのに…」(同氏)。
まずはその1つを大規模改修し、09年に複合店舗「WAZAWAZA(わざわざ)」として再生した。アーケード側は、大きなガラス窓やテラスを配した店舗を配置。アーケード裏側の通りに向け路地と植栽を配して、平屋建ての店舗棟も新築。裏通りから商店街への新たな人の流れを生んだ。各店舗は若手の起業家を中心に賃貸し、長期間にわたり高い稼働率を維持している。
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飲食店を起業したい若者を応援する店舗を
「WAZAWAZA」が商店街の賑わい復活に成果を挙げたことから、同社はその対面のビルの再生にも着手することにしたが、思った以上に躯体の老朽化が進んでおり、ビルの再生は断念。倒壊リスクを回避するため解体を余儀なくされた。
ビルを解体したことで、商店街が丸見えになる。雨風が吹き込む状況は避けなければない。「賃貸住宅を建てる」「駐車場として利用」「ひとまず仮囲いでしのぐ」など様々な方策を検討したが、どれも「商店街の賑わい」には貢献しない。そこで、商店街の賑わいを損なうことなく、雨風の吹き込みを防ぐため最小限の規模の商業建物を建設することにした。
「入居者を“テイクアウト専門の飲食店を起業したい若者”と想定し、彼らが負担できる家賃を決め、そこから建築予算を割り出し、木造の平屋建てとしました。建物規模は小さい分、斬新なデザインとし、『WAZAWAZA』同様、緑も多く配置することにしました」(同氏)。
ところが、テナントのめども付き、建築に着手しようとしたまさにその時、コロナ禍に見舞われてしまう。同社が保有するビルのテナントの多くが飲食店。緊急事態宣言で大打撃を被ったテナントを救済するため、同社は宣言期間中の賃料を全額免除したうえで、テイクアウト営業用の容器や袋の製作費を援助。各種補助金や支援金の申請方法などを周知した。「コロナを理由にしたテナントの廃業や退去は1店も出さないよう、支援に取り組みました。その結果、何とか退去も廃業も出さずに済みました」(同氏)。
商業施設の建設も、予定していたすべてのテナントの入居が決まり、20年9月に着工。21年3月、飲食店3店の「タケニシテラス」がオープンした。建物名は「竹西を照らす」をもじったもの。建物背面にはオープンデッキにテーブルを配したテラスも設け、テナント利用者や商店街来訪者が自由にくつろげる空間とした。
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「ここに住みたい」ユーザー向けの賃貸住宅開発へ
「『WAZAWAZA』をオープンしたころから、竹西エリアには我々のあとを追うように、喫茶店やレコード店などそれまでにはなかった店が次々とオープンし、それまで見なかった若い層が訪れるようになりました。とくに女性客が目に見えて増えてきましたね」(同氏)。
この機を逃すまいと、同氏は新たなチャレンジをスタートさせた。それは竹西エリアに魅力を感じたユーザーに向けた「住まい」の提供だ。
同社は20年、「WAZAWAZA」にほど近い場所にある「フンドーキンマンション」を取得した。地元の老舗醤油メーカーが保有していたマンションで、長らく地域のランドマークだった。同社は、このマンションをライフスタイル提案型の賃貸マンションへ建て替える計画を進めている。「単に高級だとか、設備が最新だという価値観ではなく、自分のライフスタイルを楽しむための住まいとしたい」(同氏)。
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まずそのプロトタイプとして21年、大分駅から5キロほど離れた住宅街に、戸建て賃貸住宅「Court&Deck」(全7戸)を建設した。すべての住戸の中心部を吹き抜けとし、2階はLDKと一体となったウッドデッキを設置。屋外の開放感を屋内へと導き、「生活を楽しむ充足感が得られる住まい」(同氏)を目指した。同物件は、竣工時から現在まで満室稼働を継続。竣工から数年間にわたり、大分市内で最も家賃が高い(月額10万~15万円)賃貸住宅の称号も手に入れた。ここで得られたノウハウは竹西エリアの賃貸マンションへフィードバックするという。
同社は、この賃貸住宅の開発を皮切りに、竹西エリア再生の第2フェーズをスタートする。

「WAZAWAZA」の顔となるアーケード正面の店舗が退去したことから、「ざわざわ」をテーマに、新たな風を吹きこむテナントをどう選定していくか、社内での議論を開始。「タケニシ」をブランド化するためのエリアブランディングを本格化する。「竹西エリアは大分県立美術館やiichiko総合文化センターも近く、アートや文化の発信地としてのポテンシャルもある。こうしたポテンシャルを生かしエリアの魅力を創ることで、将来のビルの需要も生まれる。若いユーザーに魅力的であれば、われわれ不動産業の仕事もきっと魅力的に映るはず」(同氏)。
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記者が同社と同氏を初めて取材したのが15年前。それから付かず離れず、同社の動静をうかがってきた。その場その時のプロジェクトを取材するのはもちろん重要だ。だが、移り行く時代に翻弄されながらも、その波を上手くいなしながら、時代に即した事業に果敢に挑戦していくその光景を眺めることもまた、業界誌記者ならではの醍醐味であると、改めて感じる(J)。