シニアの90%以上が、“余生を自宅で…”
膨れ上がるシニアの数は劇的なので “シルバーツナミ” とさえ言われる。アメリカで65歳以上のシニアは2050年には現在の倍の8,900万人にふくれ上がると予想されるが(www.usatoday.com)、彼らがどんな暮らし方を選ぶか、本人、家族ともども今後はさらに大きな課題となろう。 全米最大のシニア組織AARP(American Association of Retired Persons)の調査によると、“90%のシニアは、彼等が長年過ごして来た地域の自宅で余生を送りたいと願っている” という結果が出ている。しかし、実際問題として、独立した暮らしを生涯自宅でおくるのは難しく、遅かれ早かれシニア専用の施設へ移るケースが圧倒的に多いのが現状である。これに反して、シニア同士で何とか助け合いながら自宅で暮していこうではないか!?という草の根運動が起こってきた。 アイディアをすぐに実行に移す、積極的なアメリカ人ならではの動きを、以下紹介する。シニアによるシニアのための自主的な運営組織
2001年、ボストンの高級住宅地ビーコンヒルのコミュニティ内に、「シニアが住み慣れた自宅で暮らせるよう互いに助け合う」という主旨で“Village to Village(ビレッジ トゥ レッジ)”が誕生した。その後この組織は、新しくビレッジを作りたい人々のためにアドバイスと支援を行なうようになった。 この草の根運動は全米に瞬く間にひろがり、10年足らずのうちにビレッジ トゥ ビレッジの傘下には、50のビレッジが創設され、600以上のビレッジが現在開発中である。これは政府や地方自治が関わる福祉とはまったく違い、地域内でのシニアによるシニアのための自主的な運営組織である。だから各ビレッジのメンバーシップ料金や内容は異なり、それぞれ地域に合った運営法をとっているようだ。これまでは、家族形態や健康状況に応じて住み替えたが…
さて、アメリカの多くのシニア達は、子供達が成長して独立し、家族が少なくなって大きな家が必要でなくなると、小さな家やマンションに移る。“リタイアメントホームズ” とよばれるシニアだけの分譲住宅地域に移る場合も多い。 さらに普段の暮しに支障が出てくると、その不自由さの度合いに応じて介助付きの施設かナーシングホーム(養老院)に移る。この過程は自然な成り行きかもしれないが、シニアにとって新しい場所で見知らぬ人々に溶け込んでいくのはたやすいことではない。これまで暮らして来た場所で、見知った友人達もまわりにいて、長年馴染んだ店舗があって…、そういった居心地よい場所で年を重ねていきたいと多くのシニア達が望むのは当然であろう。シニア同士で相互にボランティアサービス
健康でほとんどのことは自分でできても、庭の手入れが重荷になってきたり、車の運転、特に夜間や雨や雪のときなど、ちょっとした助けがあると助かる。また、リタイアしてもさまざまな能力、技術、知識があるシニアがいるわけで、彼等はボランティアとして役に立てる。シカゴでは、こういった人々の参加のもと、ビレッジ トゥ ビレッジの支援によってリンカーンパークビレッジが誕生し(会員数現在180人)、郊外にもう1カ所ある別のビレッジと近々合併するというダイナミックな動きも出てきている。 参加資格はでシカゴ市に住み50歳以上。会費は個人で年間5万円、家族だと年間7万円位だ。会員になるとボランティアをしたりボランティアサービスを受けたり、さまざまな催しに参加できる。サービスの例として、ペットや庭の世話、雪かき、芝刈り、庭の手入れ、簡単な修理や大工仕事、コンピューターの取り扱い、掃除洗濯などの家事、配達、食料買い出し、病院などへの車の運転、家の留守番などがあげられるが、それらサービスが必要なシニアと、サービスを提供できるシニアとで需要供給のバランスをとってゆく。サービスを申し込む件数が多くてボランティアが足りない場合には専門家を紹介され、料金は払わねばならないが、割引がある。 リンカーンパークビレッジでは病院とも提携していて、在宅介護も不可能ではなく、できうる限り自宅で暮せるような配慮がなされている。ツナミ級にパワフルなシニアたち。加齢に対しても前向きにチャレンジ
ビレッジは、ビジネスとしての福祉サービスでは決してない。収入は会員からの年会費といくつかの助成金、支出は事務所代と事務員(フルタイムとパートタイム)の給料、電話やコンピューター、そしてイベントにかかる経費など。 リンカーンパークビレッジのプログラムを見ると、新しいアイディアを取り入れ、ともかくもやってみてみんなで楽しもうよ!という明るいエネルギーを感じる。エクササイズを例にとってみると、ダンス、タイチ(太極拳)、チィガング、地域の面白い場所を歩いて探検、ウォーターエアロビクス、カヤッキング、ボート、など多彩だ。料金の多くは無料か、有料でも安価だが、多くは資格や経験のある会員が彼等の能力をボランティアとして提供するからだ。読書会や研究会、専門分野のゲストを招いての講義やディスカッションなど知的な活動もある。そのほか、ワインの味見会や食事会など多岐にわたる。 これらのプログラムを通じて新しい刺激を受けたり、興味を共有することで、友人の輪を広げていくのだ。 “シルバーツナミ”という言葉は災害を連想させ、良いイメージではないが、それにしてもシニアの組織力と実行力は津波級のパワフルさ。年を取っていくことに対してアメリカの原点である前向きなチャレンジ精神を強く感じる。
<参考資料>
www.thefiscaltimes.com/Issues/Life-and-Money/2010/09/18/Aging-Gracefully-at-Home.aspx
www.ncbcapitalimpact.org
www.lincolnparkvillage.org
Akemi Nakano Cohn
jackemi@rcn.com
www.akemistudio.com
www.akeminakanocohn.blogspot.com
コーン 明美
横浜生まれ。多摩美術大学デザイン学科卒業。1985年米国へ留学。ルイス・アンド・クラーク・カレッジで美術史・比較文化社会学を学ぶ。
89年クランブルック・アカデミー・オブ・アート(ミシガン州)にてファイバーアート修士課程修了。
Evanston Art Center専任講師およびアーティストとして活躍中。日米で展覧会や受注制作を行なっている。
アメリカの大衆文化と移民問題に特に関心が深い。音楽家の夫と共にシカゴなどでアパート経営もしている。
シカゴ市在住。