イタリアのローマで生まれ育ったためか、ジォヴァナ・インペリアさんは歴史的に由緒ある建物が好きで、建築からゆうに100年は経つテキサスの古い家を当時の様式に沿って改築し住んでいる。
ヒューストン市中心街に近いこのウェストモアランド界隈は伝統的建造物群保存地区。1903年から1913年に建てられたヴィクトリア王朝様式の大邸宅が立ち並び、典雅な雰囲気を醸し出している。
大がかりな改造でガレージをスタジオに
100年前、馬車と馬は屋敷とは別棟の1階に、馭員は2階に住んだ。キャリッジハウス、要するにガレージである。アーティストであるジォヴァナ(以下敬称略)はそうしたガレージを自分のスタジオに改造した。
当時、馬車や馬はが置かれたのは土間だったが、スタジオに改装するにあたってはハリケーンの多いヒューストンのこと、土間では水びたしになる懸念がある。壊して新たに建て変えればずっと速く、かつ遥かに安く仕上がるのだが、ジォヴァナは階段も外壁も窓も1904年に建ったオリジナルの様式を望んだ。巨大なクレーンで建物全体を持ち上げて床にコンクリートを流し込んで土台を固め、地上から50cm床上げした。さらに元の建物に比べ倍の広さに建て増した。
クーラーのない時代の大邸宅の工夫
建物内部は1900年代初頭の暮らしが思い浮かべられて興味深い。
例えば、各部屋はドアとドアが向かい合わせについている。当時はクーラーがなかったから夏中蒸し暑い。各部屋のドアを開け放して風を通したそうだ。窓も同様に風通しのため、向かい合わせに数多く設置されている。
食堂とはきっちりと分けられた台所はとても広く、料理人や大勢の使用人が働いていたことをうかがわせる。
食堂のわきには小部屋があって、そこで給仕人が皿を下げたりワインを注ぐタイミングをはかって控えたのだそう。階段も家族用と使用人とは別であった。
召使いは最上階に住むか通いだった。
現在ではこのように大勢の使用人を置く家庭はまずないが、ヒューストンは石油産業や港湾交易、そして鉄道業で1800年代後半から1900年代にかけて富裕層が多かったのである。
フェリーニの映画を彷彿とさせるデザイン
ジォヴァナは保存補修専門の建築家のコンサルティングを受けて建築請負業者を雇い、改造にとりかかったそうだが、掘ると大量の石炭殻が出てきたり、壁が何センチメートルか傾いていたりで、予想以上に時間もお金もかかったと話す。
それにしてもジォヴァナのイタリア的なセンスには脱帽。古いものと超モダーンが微妙なバランスで同居している。ご存知の方は、イタリアの映画監督フェデリコ・フェリーニが描くローマを思い浮かべていただきたい。ジォヴァナ宅に滞在中、常にフェリーニを連想したのだった。
鮮やかなオレンジ色のソファの背景には時代がかった暗赤色の天鵞絨のカーテン。数々の時代がかった石版画が並ぶ壁は紫色やトルコ石ブルー。落ち着いた屋敷に対比して明るい黄色のフィアットが駐車。キッチンは大きな冷蔵庫やストーブトップ、オーブン、特注の大理石のカウンターなどモダーンではあるが、キャビネットから水道の栓までオリジナルに従い、職人に依頼した手作りである。
外観以外は自由な改装が可能
ヒューストン市内には20近い伝統的建造物群保存地区があり、歴史的な建物として登録がなされ、改造する際にはヒューストン市企画開発部に書類申請し許可を受ける。と言っても、保存が必要とされるのは建物の外見だけで、室内は好きに改装できるらしい。他の州や市でも伝統的建造物群保存地区があり、多くは市が管轄しているが、規制の内容はそれぞれ違う(http://www.houstontx.gov/planning/HistoricPres/HistoricPreservationManual/historic_districts/westmoreland.html)。
ヒューストンの場合は、それほど細かく色を指定したりせず、デザインにもこだわらないと聞いた。
乱開発を機に建物保存地区制定へ
シカゴを含め多くの市では、住宅地に工場は建てないとか、敷地の何パーセントまで建物が建てられるかなど相互の関連を考慮、用途ごとに分け、それぞれの位置関係を設定する建築規制 (zoning code) がある。しかしヒューストン市には「ゾーニング」としての規制がないのには驚いてしまった。
ジォヴァナが住むウェストモァランド地区では1970年代に古い建物がさらに荒廃し、土地開発業者がそうした大きな屋敷を安い価格で購入して、大規模なアパートに建て替えた。ヒューストン各所でそうした乱開発がなされたため、危機感を持った有志達は由緒ある屋敷を含め美しい街並みを保とうと市に懇願。保存地区が制定されたのだ。
各地区のボランティア活動の高まりとともに、ジォヴァナのように自主的にオリジナルな建物へと改築する住人が増え、現在では巨大な樫が枝を広げる並木道と共に美しい景観となっている。
Akemi Cohn
jackemi@rcn.com
www.akemistudio.com
www.akeminakanocohn.blogspot.com
コーン 明美
横浜生まれ。多摩美術大学デザイン学科卒業。1985年米国へ留学。ルイス・アンド・クラーク・カレッジで美術史・比較文化社会学を学ぶ。
89年クランブルック・アカデミー・オブ・アート(ミシガン州)にてファイバーアート修士課程修了。
Evanston Art Center専任講師およびアーティストとして活躍中。日米で展覧会や受注制作を行なっている。
アメリカの大衆文化と移民問題に特に関心が深い。音楽家の夫と共にシカゴなどでアパート経営もしている。
シカゴ市在住。