マレーシアには、「リンクハウス」(テラスハウス)とよばれる低層の集合住宅がある。日本風にいうなら長屋で、10軒以上の家がずらりと棟を連ねていることもある。もとはヨーロッパの住宅様式で、イギリスがマレーシアを統治していた20世紀初頭に広まった。
リンクハウスは壁と柱を隣家と共有しているが、それぞれの敷地は塀で区分されていて、独立した玄関と、前庭または車庫スペースがある。「デタッチハウス」とよばれる一戸建て、ふたつの家がつながった「セミデタッチ」よりも割安で、中間層が多く住んでいる。
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ご近所づきあいと、プライバシーのほどよいバランス
首都クアラルンプールのKLセントラル地区にあった「ハンドレッド・クォーターズ」(百軒長屋)は、かつてイギリス植民地政府で働く公務員が住むリンクハウスだった。1950~60年代にここで暮らした男性が、少年時代を回想して書いた小説*には、他家の子どもにも温かいまなざしを向ける、人と人との関係が近いコミュニティならではの人情話が描かれている。一方、噂好きに聞きつけられたら最後、家庭内のできごともあっという間に知れ渡ると、「近所の目」を気にしながらの暮らしぶりも読み取れる。
*Balan Moses, Brickfields and Beyond: Stories from the Past, Thirumagal Printers, 2012.
時代は違うが、リンクハウスを移り住みながら育った30代の友人は、やはりご近所づきあいのよさと難しさの両方を経験している。「家の一番奥に台所があるから、料理しながら壁越しにお隣と世間話をすることもあるし、作ったお料理をもらうこともあるわ」。
人との距離が近い分、互いの生活スタイルや隣人との相性で環境は変わってくる。この友人は最近、別のリンクハウスに引っ越したが、目下の悩みは駐車スペース だという。「前庭には1台しか停められないので、もう1台は塀の外に駐車することになるの。でもこの間、“そこはうちのスペースだから停めないで”ってお隣に言われちゃって。本当は共有の場所なんだけど、先に住んでいるのは向こうだから強く言いにくくてね」。
ペット、特に飼い犬のトラブルもある。人口の過半数を占めるマレー人はムスリムで、犬は宗教上「不浄な動物」と考えているが、都市部に多く住む華人は、番犬としても役立つので犬をよく飼う。両者が隣り合わせになった場合、鳴き声などへの許容度は違ってくるだろう。2016年、マラッカ州は庭のないリンクハウスの中間棟での犬の飼育を禁止して、犬を飼う住人が撤回を求める運動を起こした**。州は「飼い犬をめぐる苦情が増えているため」と説明しているが、背景には民族や宗教による価値観の違いもある。
** Animal lovers slam Malacca dog ban decision, The Star, 15 Sep 2016, Retrieved 19 April, 2018, from 地元英字紙『ザ・スター』のウェブサイト
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安全で便利だが、家賃は高いコンドミニアム
クアラルンプール周辺では、20階以上の高層コンドミニアム(日本のマンションに相当)の建設が続いている。日本人駐在家庭などは、主に安全面から、こうしたコンドミニアムを選ぶことが多い。比較的治安はいいと言われるマレーシアだが、それでも日本に比べると犯罪は多い。わたしの知人にも、強盗や空き巣に遭った人が何人もいる。
1980年代の駐在経験者に聞くと、当時は今ほど高層住宅がなかったので、郊外に一軒家を借りる駐在員が多かったという。しかし近年、都市部の治安は悪化しており、人口増で渋滞も深刻になったため、高層コンドミニアムを借りる駐在者が増えたそうだ。
地元の中間層や外国人が住むようなコンドミニアムは、正面玄関に守衛室があり、来訪者は必ず立ち寄って行き先を確認される。館内では24時間監視カメラが作動していて、火災報知機もあり、必要な場合は電話で守衛を呼ぶこともできる。
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もうひとつ、設備の保守管理の問題もある。マレーシアでは水や電気のトラブルが多く、漏水や排水口の詰まり、電源の故障などがよく起きる。コンドミニアムの場合、軽微なものであれば管理室のエンジニアや、つきあいのある業者に頼んで素早く対応してもらうことができる。現地事情に疎い、ことばの不自由な外国人にとってはサポートが受けられる利点は大きい。プールやスポーツジム、テニスコートといった共有施設も魅力だ。
一軒家やリンクハウスでは、住居の修繕は自分で手配しなければならないし、プールやジムを自前で持つのは難しい。一方、サービスや共有設備の対価としてコンドミニアムの家賃はそれなりに高いし、居住空間の狭さはいかんともしがたい。
若いカップルに見直されているリンクハウス
最近結婚の決まった友人に、どんなところに住みたいか尋ねてみた。「やっぱり一軒家ね。自分の好みで設計できるもの。でも高いのよねえ。コンドミニアムは引っ越しのときや、買い物の荷物を運ぶのに大変だから、やっぱりリンクハウスかな」。
しばしば起きる停電や断水を考えると、エレベーターが止まって高層階まで階段で上り下りしたり、給水車から水を受け取って重いバケツを運ぶ可能性も、ないとは言えない。近くに買い物に行くのにも車に乗るマレーシア人にとっては、部屋から駐車場まで歩くのも面倒かもしれない。戸建ての住宅なら、玄関を出ればすぐ前に駐車スペースがある。
熱帯特有の事情として、いろいろな伝染病を媒介する蚊を定期的な薬剤散布で駆除する必要がある。コンドミニアムやリンクハウスの場合は、月に1~2回、コミュニティ単位で駆除剤がまかれるが、一軒家の場合はこれも自分で手配が必要だ。
安全性や日々のメンテナンス、そして家賃などを考えると、コンドミニアムよりもスペースが広く、一軒家よりも安いリンクハウスは、若い世代に魅力的な選択肢のようだ。
川崎 典子 (編集・ライター)
「海外書き人クラブ」所属、マレーシア在住。大学では国際関係論を専攻。卒業後、出版社でアジア関連の書籍の編集を担当するうちに、多様性に富んだアジアの面白さに開眼。東南アジアで活動する国際協力NGOでの広報職を経て、現在、編集・ライター。マレーシアを中心に、東南アジアの社会や生活文化について取材、寄稿中。これまでに約20か国を訪問。