
スペインの地中海岸の町を歩いていると陶器タイル(スペイン語でアスレホ)をよく見かける。お店の看板だったり、角の建物にはめ込んである道の名前だったり、キリストやマリア、聖人の姿だったり。教会や古いお屋敷の中が陶器タイルで装飾されていることも珍しくない。この陶器タイルは、今でも一般住宅のあちらこちらにも使われている。今日はそんなスペインの家と陶器タイルの話をしたい。
イスラムの国から入ってきた陶器タイル文化
私が住むバレンシアは地中海岸にある。「陶器タイル文化はスペインに限らず、地中海の文化なのよ」と中世から陶器産業が盛んなマニセスの工房セラミカ・バレンシアーナ(La Cerámica Valenciana)のマリア・ホセが教えてくれた。イベリア半島のほぼ全域を支配していたイスラム教徒達によってもたらされた文化だという。夏の暑さが厳しい土地に適した建材だそうだ。
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スペイン南部のアンダルシア地方はイスラム文化の名残が色濃く残ることで知られているが、世界遺産のアルハンブラ宮殿では幾何学模様の陶器タイルの壁が美しい。アンダルシア地方では青やグリーンを基調にした幾何学模様が目立つ。私がはじめてスペインに来た際に居候したセビーリャの築100年を超えたアパートの壁にも幾何学調の陶器タイルが施されており、異国情緒を感じたものである。
陶器タイルをふんだんに使ったバレンシア風キッチン
バレンシアのマニセス焼きでは、アンダルシアとはまた違い、明るい色彩や花柄など特徴だ。マニセスでは、中世に床材としての需要から陶器産業が盛んになった。その後、陶器タイルは天井にも使われるようになり、そこから壁、そして窓やドアのまわりなどにデコレーション的にも施されるようになる。もっとも大量生産が始まる以前は、富裕層のみの贅沢な文化だった。
前述のマニセスの工房では、古き良き時代に富裕層が使った陶器の複製を多数つくって展示している。小さな美術館のようで、一見の価値がある。当時のバレンシアでは陶器タイルで覆われたキッチンが流行り、壁面には食文化に関する図柄が採り入れられたという。使用人しか使わないスペースだというのに、ずいぶん凝ったことをしたものだと感心する。
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日本でも大人気の天才建築家ガウディがお好きな方なら、ガウディの作品にも陶器タイルは頻繁に使われていることをご存知だろう。ガウディの時代、今からおよそ100年前のモデルニスム建築様式では陶器タイルのモザイクが目を楽しませてくれる。
必要性のないところに陶器タイルを使う遊び心

私が「こんな風にも使うのか!」と興味を引かれたのは、階段とバルコニーだ。階段の蹴上の部分が陶器タイルになっている家は、今でも田舎の一軒家や別荘などに見られる。これだけで階段をあがる足取りが軽くなる気がする。
また、バルコニーの裏側に陶器タイルを施した家もある。道を歩いていて、ふと頭上に陶器タイルが見えるのはなかなかオツなものだ。どちらも部分的に小さいとはいえ、住宅にスペインらしいアクセントを添えていて見るのが楽しい。また、あえて必要性のないところに使う遊び心によって住宅に個性が出て、味わいが増す。
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階段やバルコニーに限らず、今でもスペインの住宅には郵便ポスト、窓や玄関のドア周りの装飾などの陶器タイルが使われている。集合住宅ではあまり使われなくなったとはいえ、キッチンやバスルームの壁に陶器タイルを使うのはお約束だ。最近では石材や木材にしか見えない大判のセラミックタイルが登場し、壁や床だけではなく、テーブルやキッチンの調理台などに使われ始めている。時代とともに形を変えつつも、これからもスペインの町や家から陶器が消えることはないだろう。
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一部写真提供:セラミカ・バレンシアーナ工房

田川 敬子
清泉女子大学スペイン語学科卒業。2002年春に憧れのスペインに転職。日系企業、地元企業を経て、現在はフリーで通訳やガイドブックの仕事のほか、日西企業間のビジネスサポートも手掛ける。また、複数のウェブサイトなどにスペイン情報を寄稿。『NHK地球ラジオ』等ラジオ出演も多数。専門はオリーブオイル。OSAJ認定オリーブオイルソムリエ。在バレンシアのスペインオリーブオイルスクール日本担当コラボレーター。「海外書き人クラブ」所属。