カンボジアの家には神様が居る。
仏教徒が国民の90%以上を締めるカンボジアでは、同時に精霊崇拝とも呼ばれる、アニミズム信仰(自然界の木・石や雨・風などにも霊魂が宿ると考える信仰)も根強く残っている。その為、カンボジアのほとんどの家には敷地内に小さな祠が建てられており、土地神や先祖神を祀っている。神棚に手を合わせる日本の習慣と近くて少し遠い、そんな日常生活と共にある、身近な神様たちを紹介したい。
家の内の神様たち
家の内の神様は「チョムニエン・プテア」と呼ばれ、神棚は床置きにしてあることがほとんどだ。元々中華系の人々の習慣から定着したので、神棚には中国語で繁栄を祈る表記があり、木彫りやセラミック製など、様々な恵比寿様を一緒に祀ることも多い。神棚自体は20ドルから50ドル程度のものが主流だが、商業施設など金運アップ、商売繁盛への願いが込められる場所では、より高価で大きなものを祀る。通常は水・花・線香・お菓子などのお供えも、お盆や中国正月になると、祠も装飾を施され、豚の頭や丸焼き、また家や携帯の模型が置かれるなど、グレードアップする。
家の外の神様たち
カンボジアでも、家を建てる際には日本同様に鎮魂祭を行う。その際、家主の干支・生年月日・出生曜日を元に、お坊さんや占い師によって入り口の門からの「良い距離」と「良い方角」を示してもらい、敷地内の安全と繁栄を祈って、「プレア・プーム」と呼ばれる祠を建てる。通常は門から内側に向かって建つ。祠自体は市販のものを購入するのだが、レンガ色・金色・青色・カラフルなもの、また石造り・木造など色味も大きさも素材も様々だ。値段も同様で50ドルから100ドル程度の、足部分が空洞で安いものから、250ドル以上のセメント造りのものなど様々あるので、各家主のお好みと財布事情に合わせて選べる。祠にはお水の他にバナナやマンゴーなどのフルーツを捧げ、毎日お線香を焚くのが常だ。住まわせてくれてありがとうと感謝を捧げると共に、家を守ってねとお願いする神様、一家の守り神としての存在だ。祀る神様も、特に仏陀でなければならないという事はなく、老夫婦や長寿の神様など、家主の望む神様でよいのが面白い。
だが一方で、一家の守り神は家主の引っ越しに伴い、捨て置かれるのが常。新しい家主が祠を新調する際には、ごみ置き場に捨てられてしまう古い祠。物悲しい姿に、お疲れ様、とつい声を掛けたくなってしまう。
商業施設にも必ず居る神様たち
神様たちは、家だけでなく、レストランやスーパー、そして5つ星ホテルにも、必ず居る。中華系の施設では、外の神様よりも内の神様の祠の方が立派で、お供え物も多かったりする。そして内の神様には、必ずと言っていいほど恵比寿様が同席している。
外資系のホテルの庭にも、ひっそりと、だが必ず祠はある。クメール王朝時代から領土の拡大縮小に伴い、主となる宗教も変化してきた事により、色々な神様が混在する事を異と思わない環境ができたカンボジア。祀られている神様も様々で、仏陀像やヒンドゥー教のガネーシャ、老夫婦像、ジャヤバルマン7世像などバラエティーに富んでいる。
世代を超えて信仰は続く
自宅でなくとも、賃貸のアパートやヴィラでは、新しい入居者が入居と同時に敷地内の祠に、お線香やお供えを捧げる姿が見られる。引っ越し先で寝つきが悪かったり、具合が悪くなったり、子供の夜泣きが止まないなどの不調が続くと、「プレア・プーム」が怒っているからだ、と言ってお供えをし、お祈りを続ける。これは年配の人のみならず、若い人でも信じており、祈りを捧げる姿は真剣だ。
家族で旅行に行く前や、大事な仕事の前など、ここぞ!という時にはこの家神様「プレア・プーム」へのお祈りは欠かせない。カンボジア人にとって、家神様は、とても身近で、頼れる存在なのだ。
青山直子
東京都出身。2000年よりカンボジア・シェムリアップに在住。カンボジア人の主人と息子二人と暮らす。14年間観光業に携わったのち、39歳で若いころから夢見ていた整体師として独立。2017年よりフリーライターとしてカンボジアの不動産事情や生活・食べ物コラムなどを手掛ける。「海外書き人クラブ」所属。