海外トピックス

2019/9/1

vol.360 バラの街、ケラーア・ムグーナの先住民族ベルベル人の住戸 【モロッコ】

 香料用のバラの産地というと、ブルガリアやトルコが有名だが、実はモロッコ南部、サハラ砂漠の近くのオアシスの街、カラア・エル・ムグーナは世界第3位のローズオイル生産量を誇る。

 ガイドブックの小さな記事を読んでこの街に来る観光客は、町中が常にバラの花であふれていることを期待するが、バラのシーズンは、毎年5月のはじめの2週間だけ。そして、シーズン中であっても街がピンク色に染まっているわけではない。
 バラはこのオアシスの街で育てられる多種多様の農作物の一つであり、豊かな緑の中にぽつんぽつんと咲いているだけだ。この町で取れるローズオイルは、ヨーロッパの有名メーカーに送られる。オレンジやりんごを作るよりも収入になるはずなのに、なぜ、この街の農地はバラ一色じゃないのだろう?

 カラア・エル・ムグーナに暮らすのは、1万年以上前から北アフリカで暮らすと言われる先住民、ベルベル人。彼らの暮らしが知りたくて、あるベルベル人のお宅を訪ねた。

 伝統的な日干し煉瓦の家の中に入ると、外の日差しが嘘のようにひんやりする。
 外に面した壁の厚みは50センチから100センチ。自然の土の色そのままの薄茶色の壁は、夏の太陽、冬の寒さから身を守る知恵だ。
 この家には、角がなく、全てが曲線でできている。日本人の私の目には不思議なデザインに思えるけれど、モロッコのどこの街に行っても、ベルベル人の伝統的な家は、こういう作りだ。一応四角なのだけれど、きちんとした正方形、長方形ではない。少し歪んでいたり、いきなり中二階が現れたり、不思議な場所に窓があったり、屈まないと入れないようなサイズの扉があったり。
 柔らかい、有機的、自然という言葉が似合う。建物も、物もきちんとまっすぐであるべきという”常識”がなく、工業製品を使わず、自由に家を建てたらこんな風になるのかもしれない。
 ベルベル人は、手織りのカーペット、陶器、アクセサリーなどのハンドメイドの担い手としても有名なのだけれど、彼らのハンドメイドも、やっぱりまっすぐではなかったり、丸みを帯びているものが多い。そしてその“丸み”も、正円ではなく楕円。

 角がないデザインといえば、スペインのガウディだけれど、彼はモロッコの影響を多分に受けたムハデル様式を多用していたし、グエル公園やカサ・ミラなどの代表的な作品をデザインする前にモロッコを旅行している。彼のデザインは、動植物の有機的な形がデザインされているというけれど、もしかしたらモロッコのベルベル建築の影響を受けていたかもしれない。

 そんなこと考えながら、裏庭の小さな木戸を抜けると、そこには楽園のようなオアシスが広がっていた。
 5メートルほどもある大きなヤシの木の下にはりんご、アプリコット、オレンジ、ぶどうなどの果樹が豊かに育ち、木々の足元にはハーブ類。限られた水をできるだけ蒸発させずに大切に使うオアシス農業の形だ。足元からは水が流れる音が、木々からは鳥のさえずりが聞こえる。
 そういえばバラはどこだろう?と思って見ると、生垣はバラでできていて、ピンクの可愛らしい花が咲いていた。

 バラの街というイメージに憧れてこの街に来ると、ピンク色の花が見つからなくてがっかりするかもしれない。
 最初に書いたように、バラの収穫期は年に2週間しかない上に早朝に摘まれてしまうから、咲いていても、緑の中にちらほらピンクらしきものが見える程度。でも、よく考えてみると、このほぼ自給自足のオアシスの街が、“バラだけの街”にならなかったのは、奇跡的なことで、素敵なことだなあと思う。

 モロッコといえばサハラ砂漠で、南部まで足を延ばす人も多い。砂漠に行く前後に、ぜひこのオアシスの街にも立ち寄ってみてほしい。


宮本 薫
2001年から2016年までモロッコ、マラケシュ在住、2016年からドイツ・ベルリン在住。著書:「モロッコのバラ色の街 マラケシュへ」「彩りの街をめぐる旅 モロッコへ 」共にイカロス出版。

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