海外トピックス

2019/12/1

vol.363 アマゾン河に暮らす逞しき人々【ペルー】 

観光エリアにあるヨーロッパ調の建物

 ペルーアマゾン最大の都市イキトス。熱帯雨林とアマゾン河やその支流に囲まれたこの街は、空路か水路でしかアクセスできないことから“世界最大の陸の孤島”として知られている。街の中心部には20世紀末にアマゾンを席巻したゴム景気時代の面影を色濃く残す瀟洒な建物がいくつか残っており、世界各地から集まる観光客でいつもにぎわっている。

 そんな観光エリアからほんの少し離れるだけで、街の景色は一変する。中でも域内最大規模という巨大市場を中心に広がるベレン地区は、活気と喧噪、そして猥雑感あふれる庶民の町だ。ベレンは2つのエリアに分かれており、陸上部分のベレン・アルタに対し、アマゾン河の支流に造られた居住区をベレン・バハと呼ぶ。

水上都市「ベレン・バハ」

ベレン・アルタからベレン・バハへと続く階段

 ベレン・アルタから川沿いを眺めても、さび付いたトタン屋根が周囲を埋め尽くしているため陸と川の明確な境がわからない。辺りにはゴミが散乱し、野良犬が徘徊する。スリなども多く、巷のガイドブックには“危険なエリア”として紹介されている。

ゴミで埋まる桟橋付近。不法占拠エリアのため、行政サービスも当然ない

 しかしそこに暮らす人々は人懐っこく、屈託がない。珍しいもの見たさに足を踏み入れた観光客に声をかけ、 自家用ボートの“アマゾン河クルーズ”で小銭を稼ぐ。

40分ほどの“アマゾン河クルーズ”に誘ってくれた青年

 もれなく私も声をかけられ、そのクルーズを楽しむことにした。青年に連れられ無秩序に建てられた家々の隙間を縫って進むと、手作り感あふれる木製の桟橋が現れた。ちょうど乾期で水位が低いこともあって、橋の下には行き場を失ったゴミが溜まっている。すえた臭いが鼻を衝くが、すっかり慣れきっているのだろう、くだんの青年にはまったく気にならないようだ。朽ちた横板を踏みぬかないよう気を付けながら桟橋を進み、やっと船着き場に到着。さぁ、アマゾン・クルーズの出発だ。

浮島式と高床式、どっちがお好き?

 川の両岸には粗末な家がぎっしりと並んでいた。船着き場を出ても、しばらくは右も左も似たような景色が広がる。生活感のあるこのエリアは、今でも拡大し続けていると聞いた。

 ベレン・バハの家には浮島式と高床式がある。雨期と乾期で水位が大幅に変化する水上の暮らしには浮島のほうが理にかなっているような気がするが、実際は構造上バランスが悪く、あまり住み心地はよくないらしい。

水に強いアマゾンの木を使った高床式の家。1年の半分は水に浸かるため、1階は作業場として使う人が多い

 一方高床式の場合、家自体は安定しているものの、雨期が来ると1階部分が浸水で利用できなくなり、家具調度の上げ下ろしが必要になるというデメリットがある。とはいえ、その実彼らにとってそんなことは問題のうちに入らないようだ。

慣れた手つきで舟をこぐ少年

 エリア内の移動手段はもちろんボートだ。大人はもとより、小さな子供でさえ難なくエンジン付きの小舟を操っていた。そうでなければ友達の家はおろか、学校にも通えないのだから仕方がないが、いやはやなんとも逞しい。

水上とはいえ生活に必要なものは何でもそろっている

水上ガソリンスタンドは大賑わい

 ベレン・バハには住居だけでなく、教会や学校、食堂、雑貨店、ガソリンスタンドなど生活に必要な施設は一通りそろい、陸上の町となんら遜色がない。川の上にディスコまであるのだから大したものだ。

 クルーズの途中で、浮島式の雑貨店に立ち寄った。品ぞろえは充実しており、店内だけを見ると街角にある一般の雑貨店と区別がつかない。

雑貨店のご主人と客。浮島式のため、店内で人が動く度に店がかたむく

 店の向かいには建築中の家があった。どうやら店主一家のものらしい。レンガとコンクリートを使った立派な造りだが、水面に近い部分にはすでに藻が生えており、時の経過を感じさせる。店主に完成予定を聞くと「3年後くらいかな」と悠長な答え。彼らの生活のリズムは、川の流れのようにのんびりとしていた。

雑貨店のご主人が建設中という新居。完成は3年後だ

貧困や衛生面での問題は山積み。しかしすべてを受け入れている人たちは穏やかだ

 ベレン・バハに暮らしているのは、主にアマゾンの奥地に点在する集落から出稼ぎにきた人達だ。農閑期になるとベレン・アルタに向かい、市場での荷運びや雑用でなんとか生活を支えていた彼らにとって、陸上の物件は家賃が高くとても手が出せなかった。やがて彼らは川岸に、あるいは水上に小屋を建て、そのままそこに住み着くようになる。こうして広がっていった水上都市ベレン・バハには、不法占拠街という別の顔があるのだ。

洗濯桶で遊ぶ子供。洗濯には川の水を利用する

 上下水道が整備されていないベレン・バハでは、水質汚染が問題になっている。経済的な問題から中退を余儀なくされる児童も少なくない。また国内の他地域に比べ10代の妊娠率も高く、教育不足や貧困を背景とする社会的な負の連鎖を断ち切れていない。

 それでもベレン・バハの人たちは明るく、逞しい。わずかなクルーズ代を得て満足した青年の笑顔に見送られながら、私は陸の世界へと戻った。


原田慶子
大阪府生まれ。2006年からペルー・リマ在住。2008年よりフリーライターとして活動、ペルーの観光情報を中心に、文化や歴史、グルメ、エコ、ペルーの習慣や日常などを様々な視点から紹介、リマでの不動産購入・リフォーム経験を基にしたコラムも手掛ける。『地球の歩き方』『今こんな旅がしてみたい』『トリコガイドシリーズ』『世界のじゃがいも料理』などペルー編の取材協力、ラジオ出演多数。海外書き人クラブ所属。  www.keikoharada.com

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