海外トピックス

2022/5/1

vol.392 伝統あるビール工場を「高級ロフト」に再生【ドイツ】

 南ドイツにリーゲルという都市があります。その昔、陶器の製造が盛んだったこの地に、今や“ホットスポット”とも呼ばれる高級ロフト(※)が建てられ、観光地や地域住民の散歩コースとして愛されています。夜には建物がライトアップされ、素敵なイルミネーションが楽しめます。そんな高級ロフトを訪ねてみました。

※倉庫等を改装した住居、アトリエ、スタジオのこと。

住宅難などを背景に、利活用を決意

「リーゲラー・ロフト」外観

 この建物の正式名は「リーゲラー・ロフト」。2006年に投資会社ギージンガー・グループ(Giesinger Group)が個人所有者であるF.F.B(Fürstlich Fürstenbergischen Brauerei)から建物を購入、近郊フライブルグ市にある設計事務所ロスヴァイラー(Rothweiler)に設計委託して建設されました。

 実はこの建物、従前は大規模なビール製造工場でした。1834年から2003年に至るまで、バーデン州(現在のバーデン・ビュッテンベルグ州)で二番目に大きなビール製造会社として運営されていました。黄金時代の1880年頃までビジネスは拡大の一途をたどり、なんと1894年には会社の目前に専用線路を敷き、作り立てのビールを冷たいままパリまで運んだ事が記録に残っています。この会社のトレードマークである線路は現在も大切に使われ、在来線が運行しています。
 1923年になると、息子がビジネスを引き継ぎ、不況のあおりを受けた事業を立て直そうと試みます。しかし第一次大戦後のインフレと1950年代まで続く第二次大戦の混乱は激しく、事業は悪化。1972年に後継者が絶えてしまったことでF.F.Bが買収、ビールは2003年まで製造され続けたのでした。

 こうして100年以上の歴史を築き上げたビール工場は、歴史的建築物として価値が高い一方、老朽化が激しく、どのように利活用するか長年吟味されてきました。
 今回、住居として改築された一番の要因は、ドイツにおける住宅難と、それによる不動産投資家の増加が挙げられます。近年のドイツでは、重要文化財に限らずさまざまな建物を住居として改築し、高級マンションとして売り出す事例が増えています。例えばミュンヘンでは、古くなった女性刑務所や工場跡、兵舎などを高級マンション・アパートに建て替え、売却するケースが見られます。

 また、「リーゲラー・ロフト」の立地条件が住居に非常に適していた、という点も挙げられます。リーゲルは緑豊かで環境が良く、病院や学校、主要駅、アウトバーン等とも近いため利便性も高いです。スイスのバーゼルやフランスのアルザス地方へも約1時間でアクセスできます。
 さらに、建物の一部が重要文化財に指定されてるため、“文化財に住む”という付加価値も付きます。壁面の随所に見られる可愛らしい赤みがかった茶色は、まるでメルヒェンの世界のよう。ビール工場特有の高い天井も人気のようです。

建物の歴史を知ってもらうため、敷地内に残した「ミニビール工場」

従前の仕様を生かしつつ、断熱性等を向上

 2007年に改築プロジェクトの話が持ち上がり、09年に竣工すると、すぐに住戸の販売がスタート。12年には全120戸が完売しました。現在、売りに出されている唯一の物件を発見したのですが、約121万ユーロ(日本円で約1億6,000万円)でした。この物件は、製造したビールを保存するための「Kuhlturm」(冷蔵貯蔵庫)内にあるスタジオタイプで、専有面積は約840㎡と広めです。貯蔵庫にはその他、スタジオタイプの住戸57戸、そしてアパートがあり、延床面積は約4,000㎡にまで及ぶそうです。

 全物件の中で最も高額な部屋には、改装プロジェクトを主導したロスヴァイラー社の代表取締役・オリバーさんが住んでいます。場所は、「リーゲラー・ロフト」の一番のチャームポイントといえる、大きな丸い塔の最上階。部屋の内部は、YouTubeで公開しています。

 この塔の中は全17戸のアパートで、専有面積約60㎡の単身者向け住戸から、約400平方メートルのメゾネットタイプ、壁をぶち抜いて造ったギャラリータイプなどを用意しています。天井高(3.7~9m)と窓(3m×3m)は従前のまま生かしつつ、断熱性の向上等を行ないました。建物を改築する上で一番大事なコンセプトは、“エネルギー改革”。建物が重要文化財であるため、法規面でクリアすべきハードルは多く、決して簡単な道のりではなかったでしょう。

奥へ行くほど価格の高い物件になる。この道が各物件に通じる唯一の通路で、事前予約なしには入れない。警備員が常駐しているので安心
左手前が単身者向けのアパート棟

 外観デザインは、1912年に形作られた「モダンゴシック・スタイル」と呼ばれるもの。アパートの駐車場を出てすぐの場所には、同スタイルを受け就いた美術館「Messmer」(メスマー)があります。さまざまな美術品に囲まれた棟内のカフェで、お茶をしてくつろぐ人々の笑顔が見えます。職人たちの手によって、「リーゲラー・ロフト」は“アート作品”として再び息を吹き返したのです。

駐車場の横にある美術館。ロフトの住人はアーティストが多いと聞く

キュンメル斉藤めぐみ
ドイツ在住ライター。海外書き人クラブ所属。外資系企業勤務を経て、2015年より近郊コミュニティーカレッジにてヨガや栄養学、料理教室を主宰。現在フリーランスライターとして、文化・生活情報を提供・寄稿。掲載メディアは『ヨガジャーナル』、『EJイングリッシュジャーナル』(アルク)、『家の光』(JAグループ)、不動産流通研究所など。

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2024/3/7

「海外トピックス」を更新しました。

飲食店の食べ残しがSC内の工場で肥料に!【マレーシア】」配信しました。

マレーシアの、持続可能な未来に向けた取り組みを紹介。同国では、新しくビルを建設したり、土地開発をする際には環境に配慮した建築計画が求められます。一方で、既存のショッピングセンターの中でも、太陽光発電やリサイクルセンターを設置し食品ロスの削減や肥料の再生などに注力する取り組みが見られます。今回は、「ワンウタマショッピングセンター」の例を見ていきましょう。