「不動産相談もできるカフェ」で商店街活性化
SDGs実現があらゆる産業に求められるようになった昨今、改めてその存在意義が問われているのが、いわゆる「まちの不動産屋さん」だ。SDGsの目標の一つである「住み続けられるまちづくり」は、地域に根差す不動産会社の使命でもある。今回は、「カフェのような不動産店」を通じて地域に溶け込み、地元商店街の活性化を目指す不動産会社を紹介する。
なにも知らない間に店が売却されていく
東京都渋谷区を拠点に、不動産ボランタリーチェーン「売却の窓口」などを展開する不動産流通会社である価値住宅(株)。もともとは2008年、代表の高橋正典氏が板橋区の旧中山道沿いの商店街(不動通り商店街)で立ち上げた。当時の本社は今も支店として、地域密着の営業を展開している。そうした縁もあり、高橋氏は地元商店街の空洞化を憂慮してきた。
旧街道沿いの同商店街は味わいある構えの店舗も多かったが、近年はご多分に漏れず所有者の高齢化に伴う廃業、空き店舗の増加が目立っていた。高橋氏も商売柄、空き店舗が出るたびに所有者にリノベーション等による業態転換といった有効活用をアプローチしていたが、どの所有者も貸してはくれなかった。そんなある日、地元で有名な銭湯が突然取り壊され、マンションへ姿を変えた。「当社は不動産会社ですが、所有者からひと声もかけられず、売却されたことさえ知りませんでした…」(高橋氏)。
ショックを受けていたのは、高橋氏だけではなかった。地元で商売する飲食店経営者や、地元の企業も、櫛の歯が欠けるようにじわじわと空き家が増え、それらが地元関係者も知らない間に乱開発されていくことに危機感を覚えていた。やがて、高橋氏やそうした同志が意気投合し、2018年、まちづくり会社(株)向こう三軒両隣が立ち上がる。早速同社は、商店街の空き家所有者に粘り強くアプローチ。空き家だった牛乳店の借り上げに成功し、カフェ兼シェアオフィス「おとなり」へと改修し、運営を開始した。さらに20年には、同じ旧中山道で隣り合う中宿商店街の旧米店所有者から相談を受け、その佇まいをそのままに改修。カフェ・レンタルスペース等の「板五米店」として運営を開始した。
両施設とも運営は好調だったが、役員それぞれが別の仕事を持つ小さな会社であるため、カフェを切り盛りする人的リソースに課題があった。「向こう両隣」としては、中宿商店街とのリレーションを強固にしたいという思惑もあったため、まずは板五米店の運営に集中することとし、「おとなり」のカフェ部分の運営は価値住宅が引き受けることにした。
「カフェのような不動産店」にはしない
当初は、カフェの内装は活かしながら、本格的な不動産店舗にする予定だった。よくある、ちょっとおしゃれな『カフェのような不動産店』というヤツである。だが、「不動産店」として構えてしまうと、住民や来街者が気軽に足を運んでくれないような心配があった(事実、板橋の支店は飛び込み客が皆無に等しかった)。そこで、まちを歩く人が気軽に足を向けてくれるよう、主客を転倒。「“不動産相談もできる”カフェ」としてそのまま運営していくことにした。
運営にあたっては、かつて不動産会社に事務職として勤務し、調理師免許も持つ女性を店員として採用。21年4月から、価値住宅の営業カレンダーに合わせ、週4日、10~16時までカフェを営業している(営業時間が短いのは、女性スタッフが子育てママのため)。
この女性スタッフ以外、価値住宅の社員は常駐せず、不動産営業の類は一切行なわない。店頭に簡単な物件広告を出すこともあるが、営業形態は完全なる「カフェ」であり、来店者が不動産に関する相談を持ち掛けてきたとき「だけ」、同社の板橋支店のスタッフが飛んでくる。また、休業日には野菜の仲買人にお店を貸し出し産直野菜の販売を行なうほか、カフェの一部(元冷蔵庫!)はレンタルスペースとして貸し出している。
専用ボトルを無償配布。住民に無料でコーヒーを提供
ただ、カフェを漫然と営業していても、それが地域のためになるわけではない。地域の人達が喜んで足を運んでくれ、地域住民に貢献する「仕掛け」がなければ、不動産会社として、事業を通じた地域貢献(空家再生など)にもつながってこない。
そこで同社は、オリジナルのボトルを製作。来店者やイベント来場者に配布し、そのボトルをカフェに持参した人には、無料でコーヒーをボトルに詰めるサービスを開始した。ボトルの提供は、同社のLINEページへの登録と一応バーターにはしているものの、営業行為は一切行なわない。これまで300本余を配布。2,000本まで無料で配布する予定だ。また、カフェの永続性の確保と、地元企業として地元に利益を還元する目的で、板橋支店の取引に係る仲介手数料の1%を、カフェの運営費(豆代などの材料費)に充てていくことにした。
「不動産相談もできるカフェ」は、「コーヒーが無料になるボトル」効果もあり、ここにきて商店街での知名度が浸透し始めた。商店街の店主や来街者などが、今では1日10組前後来店する。多くの来店者は「ボトル持参」のため大した売上があがるわけでもないが、「商店街の人はインフルエンサーになってくれている」(高橋氏)と、知名度アップと割り切っている。
一方で、本業への効果は早速表れている。来店者からの相談から、板橋支店で4件の売買取引につながったのだ。飛び込み客の実績が皆無だった板橋支店にとっては快挙だった。「カフェのおかげで価値住宅そのものの認知度も高まってきた。地元商店街の方々にも顔が知られるようになり、支店の社員も緊張しています」(同氏)。
ただ、コロナ禍もあり、当初の目論見通りにイベントが開催できていない。これまでのところ、ハロウィンイベントと商店街のイベントに協賛しただけ。「何かモノを配って終わりでは仕方がない。どう知恵を出していくかが、これからの課題」(同)というが、商店街との関係は、じわじわと強くなりつつある。「『おとなり』と『板五米店』の運営で、商店街とのつながりができ、若い人たちも戻ってきた。交流の無かった2つの商店街が、空き店舗の抑制、商店街の活性化という問題意識を共有するようになった」(同)。
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地域の困りごとを地域のみんなで解決し、地域の経済が回っていく――かつて商店主に何も相談されなかった同社が、その悔しさをばねに立ち上げた「おとなり」や「板五米店」を舞台に、商店街が本来あるべき姿を取り戻していくかもしれない(J)。