記者の目

2022/11/11

地方創生に期待、分散型ホテル

地域に点在する空き家などを客室として改修し、地域の商店なども含めてエリア一体で宿泊施設に見立てる分散型ホテル。宿泊施設としての機能を分散することで宿泊客の地域内の回遊性を高め、にぎわい創出や経済効果が期待できることから、地方創生、地域活性化の手法として注目が高まっている。 国内におけるその草分け的存在が、(株)NOTE(兵庫県丹波篠山市、代表:藤原岳史氏)が展開する空き家となった古民家や歴史的建築物を活用した分散型宿泊施設事業「NIPPONIA」だ。8月5日には、30ヵ所目となる「NIPPONIA 秩父 門前町(ニッポニアちちぶもんぜんまち)」(埼玉県秩父市、全8室)を開業し、順調に稼働を続けている。秩父を例にどういう事業が紹介しよう。

◆旅館業法改正により分散型ホテルの運営が可能に

 分散型ホテルは、2018年6月15日に改正旅館業法が施行されたことで、運営が可能となった。従前は、1施設あたりに必要な最低部屋数、施設が分散する場合は施設ごとにフロントの設置が必要といった制限がネックとなっていたが、改正により、1室からでもホテル営業が可能となり、各施設が要件を満たしていれば一つのホテルとして認められることに。フロントもまとめて1ヵ所ですむようになった。

 当時、NOTEは、関西圏国家戦略特区の特区事業として、建築基準法の緩和や旅館業法の特例を受け、JR西日本らと先行して古民家等の歴史的建築物を活用した分散型ホテル「篠山城下町ホテルNIPPONIA」(兵庫県丹波篠山市)を展開していた。法改正に合わせ、同ホテルについて、日本初の分散型ホテルとして営業許可を取得。それを皮切りに、古民家などの歴史的建築物を活用した分散型ホテルの全国での展開を開始した。

 分散型ホテルといえば、ここ数年、イタリアで“新しい旅のスタイル”として注目されている「アルベルゴ・ディフーゾ」がよく引き合いに出されるが、同社がもともと着目したのは、それ以前からヨーロッパで見られる古城や修道院などの歴史的建造物を活用した宿泊施設だったという。
 「ポルトガルやスペインでは、歴史ある建物を現代によみがえらせて、保存するだけでなく新たな経済的価値を生み出しています。日本でも古い趣のある建物を活用して、歴史や文化を伝えながら地域に人を呼び込めるまちづくり事業ができたら面白いと考えました。観光からゆくゆくは定住につなげていくような仕組みがつくれれば、地方創生にも貢献できるんじゃないかと」(藤原氏)。

 そうした思いから、「NIPPONIA」では、「なつかしくて、あたらしい、日本の暮らしをつくる。」という理念を掲げ、明治時代以前から存在するまちや村を対象に、活用する物件は、基本的には建築基準法ができる1950年以前に建てられたものを選定している。天井の高さや梁のつくりなど、新築ではもはやつくれない空間の魅力を訴求するため、改修する際は、長い間に改築・増築されてきた箇所などはできるだけ元に近い形に。必要があれば、意匠を邪魔しない形で、耐震壁を入れるなどの耐震補強も施している。その上で、地域の食文化や生活文化を取り入れながら、日本の原風景が体感できる滞在施設としての再生を試みている。

◆歴史ある商店3棟を宿泊施設に

 「NIPPONIA 秩父 門前町」では、いずれも地域に根付いた商店だった古民家3棟を2棟の宿泊施設に改修。明治元年築の旧マル十薬局(延床面積390平方メートル)をフロント機能を持たせたMARUJU棟に改修し、母屋と蔵、離れも活用することで趣のことなる5室の客室とレストランを設けた。蔵のサイズが宿泊施設とするにはコンパクトだったため、意匠を揃えて増築し、水回りを新設している。

フロント機能を持たせたMARUJU棟(母屋)
MARUJU棟母屋(左奥)と離れ(右)、蔵を活用している
MARUJU棟蔵外観。宿泊施設とするにはコンパクトだったため、意匠を揃えて増築した
蔵タイプの客室内観(MARUJU棟)

 もう1棟は、秩父市の登録有形文化財である昭和初期に建築された旧小池煙草店(延床面積112.91平方メートル)および隣接する旧宮谷履物店(同147.46平方メートル)を、外壁をつなげて改修しKOIKE・MIYATANI棟にした客室棟。全3室の客室を設けており、うち2室はメゾネットタイプとした。1階の煙草店だったスペースは、11月20日より土日限定で昭和レトロな雰囲気を生かしたカフェとして活用する予定。

隣接する2棟の外壁をつなげてKOIKE・MIYATANI棟に。右側が登録有形文化財である旧小池煙草店
KOIKE・MIYATANI棟客室
従前の設えをできるだけ生かして改修した(KOIKE・MIYATANI棟)

 客室は、2人定員が6室、4人定員が2室、面積は約37~60平方メートル。全客室に檜風呂を備え、ベッドはシモンズ製を採用した。
 宿泊としての機能にとどまらず、MARUJU棟のレストランでは、地域の食文化を感じてもらえるよう、秩父産の食材を用いる創作フレンチを提供。秩父神社周辺のまち歩きガイド、秩父の伝統的な織物である秩父銘仙の着物着付け体験などのプログラムも提供していく予定。

◆地域の人々が主体となって持続的なまちづくりを

 「NIPPONIA」は自治体や地域の民間企業からのオファーを受けて始まる事業だ。秩父の場合は、グループで秩父の観光支援に力を入れてきた(株)西武リアルティソリューションズ(西武RS)からのアプローチで始まった。「アルベルゴ・ディフーゾ」に興味を持っていた同社代表取締役社長の齊藤朝秀氏が、雰囲気のある古民家や伝統的な建物が多くある秩父で、それらを活用して観光やまちづくりに貢献できないかと考え、NOTEの兵庫の事例に目を留めたという。

 地域に根差した持続的なまちづくり事業を行なうため、NOTEが事業を行なうのではなく、自治体や地元企業などと連携してその地域の事業主体を構築。地域の人々が主体となり事業に取り組むことを前提としている。そのため秩父では、西武RS、(一社)秩父地域おもてなし観光公社、(株)NOTE、三井住友ファイナンス&リース(株)(SMFL)が共同出資して(株)秩父まちづくりを設立。各社数名が参加するプロジェクトメンバー20名で秩父市と連携して地域活性化を進める体制を構築した。西武RSが事業全体の支援や西武グループとの連携および情報発信を、観光公社が施設運営支援や地域との調整を担う。NOTEが古民家を核としたエリア計画策定・開発支援を行ない、SMFLがファイナンスのアレンジメントを担当している。

 なお、現在、秩父まちづくりの代表は藤原氏が務めているが、事業が安定した段階で、地域の人々に委ねていく予定。

◆高客単価、低稼働でも事業が回る魅力的な施設に

  “まちづくり事業”という位置づけから、同事業では高い稼働率が目標ではなく、平均30~40%の稼働で事業収支が合うように設計するのもポイント。必然的に客単価が高額となるが、その料金でも「泊まってみたい」と思ってもらえる魅力的な施設をつくることで、古民家好きなど一定のファン層を獲得している。現在、31拠点を展開しているが、どの拠点も目標をクリアしており、稼働率50~60%と目標を大幅に上回る拠点も出ているという。

 秩父の場合は、交通が不便な立地が多い「NIPPONIA」では珍しく駅(「西武秩父」駅)から徒歩圏の宿で、特急を利用すれば都心から約1時間半でアクセス可能。この交通の便の良さから、同水準の客単価で50~60%の稼働を見込む。ADRは素泊まりで3万~5万円、2食付きで5万~7万円を設定しているという。

 運営に関しては、拠点ごとに検討。大型の拠点ではプロのオペレーターにサブリースする事業スキームも用意しているが、秩父の場合は、まちづくり会社の直営となり、秩父エリアで西武鉄道の観光列車「旅するレストラン”52席の至福”」を手掛ける(株)NKBに委託している。
 「この事業の面白いところの一つは、小規模な拠点ならプロのオペレーターではなく、ホテル業務未経験のサービス・飲食・ウェディング事業者などでも挑戦できるところ。それぞれの良さを生かして運営することで、施設ごとに異なる特色も打ち出せます」(同氏)。

 認知度がまだあまり高くない状態でのスタートだったため、オープン後は想定よりやや低い数字となったが、都市圏に近いという立地環境から徐々に反響が増加。年末に向けて新しいプラン提案も予定しており、今後認知度が高まれば稼働率の伸びも期待できる状況だという。客層は女性客が多く、趣のある古民家空間が好評だ。2棟とも人通りが多く目立つ場所に建っていることもあり、地元住民からは、「空き家だった建物に再び明かりが点いたのが嬉しい」といった声が上がっている。

 秩父では同事業を1期開発とし、今後も秩父周辺エリアも含めたにぎわい創出と持続的な地域活性化に向けた開発を推進。将来的には全10棟程度での展開が目標だという。
 「NIPPONIA」の今後の展開は、沖縄本島北部の国頭村でのプロジェクトを予定している。

◆◆◆

 祖父の代からの歴史ある物件(マル十薬局)を相続したオーナーの話を聞くことができた。すでに秩父を離れて40年が経っており、同物件をどうするか、地元議員などにも相談をしていたというが、今回のような形で活用できることになり非常に喜んでいた。
 古い建物を持続的に残していくには、ただ保存するだけでなく、現代で活用できるよう改修し、収益があげられる形にすることが重要となる。個人的には、歴史的建造物に限らず、空き家を活用した分散型ホテルが普及していくことに期待したい(meo)。

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