東急、「自動運転事業」への挑戦
高齢者の新たな「足」に。試乗会は好反響
22年9月には、静岡県に続けて、多摩田園都市エリアでの実証実験も始動した。多摩田園都市とは東急田園都市線「中央林間」駅~「梶が谷」駅間に広がるエリアの総称で、同社が1960年代から住宅供給を担ってきた、まさに沿線の「郊外住宅地のモデル」といえる場所。しかし、初期の区画整理からおよそ半世紀が経過している今、住民の高齢化という問題に直面。同エリアは起伏の激しい丘陵地帯が多く、高齢者が徒歩で移動するのは容易ではない。今までよりもきめ細やかな、新たな「移動」サービスが必要だと考えた。
実証実験の場所に選んだのは「虹ヶ丘団地」(川崎市麻生区)および「すすき野団地」(横浜市青葉区)地区だ。同地区はいわゆるバス便立地で、最寄りの東急田園都市線「たまプラーザ」駅・「あざみ野」駅、小田急小田原線「新百合ヶ丘」駅・「柿生」駅からそれぞれバス路線が運行され、住民のもっぱらの移動の足もこのバスだ。道の傾斜は激しく、バス停まで向かうにはかなりの体力がいる。地区内の推定人口は2万人と大規模であることから「支援は必要不可欠だと考えました」(小林氏)。

第1弾の実証実験は22年9月13~15日の3日間。走行区間は、すすき野団地折返所から住宅地を周遊し折返所へと戻る、1周約1.3kmだ。先行して実施していた静岡県とは道路環境が異なるため、円滑かつ安全な運行が可能なのか等を検証した。
23年3月7~13日に行なった第2弾では、走行区間を、東急バス虹が丘営業所から商店街「すすき野とうきゅう」、コンビニエンスストア等を通り、営業所へと戻る約1.9kmに設定。遠隔コントロールセンターも設置し、より実装に近い形にした。「既存のバス路線は団地と駅を結ぶ役割が大きく、商店街やコンビニ等の生活利便施設は通り過ぎてしまう。住民の高齢化が進む中で、そうした施設にダイレクトにアクセスできる新たな路線が必要だと考えています」(小林氏)。

併せて地域住民の試乗会も行なった。LINEによる事前予約制だったが、400人以上の参加申込があるなど想定をはるかに上回る反響を獲得。「乗車定員は1便当たり6人、運行本数も限られていたため、参加者に乗降ポイントで待機してもらい、適宜乗員の入れ替えが必要なほどでした」(長束氏)。参加者からは「路上駐車の回避に時間がかかり過ぎている」など厳しい声があった一方で、「高齢者の病院、スーパーへの足代わりに良い」「年を取り団地を離れようと思っていたが、このバスができるなら定住し続けたい」など実装に期待を寄せる声が多かった。

イベントで「移動目的」を創出
第2弾の乗降ポイントには、同社が22年4月に開業した「nexusチャレンジパーク早野」(川崎市麻生区)も含まれている。「歩きたくなるまち(walkable Neighborhood)」の創出を目指す「nexus構想」の一環で整備した施設で、トレーラーハウスやシェア農園、焚火スペース等で構成し、さまざまな実証実験やイベントの拠点として活用している。
期間内には、各種キッチンカーのほか、地元小学生が企画した移動式図書館「あおぞら図書館」、産地直送の野菜販売、出張型野外フィットネス、吹きガラス体験など、多彩なイベントを開催した。団地周辺には飲食店が少ないこともあり、キッチンカーには行列ができるなど盛況だったという。「ただ自動運転バスが走っているだけでは、買い物に行く手段として使われるのみ。移動する目的も一緒に用意することで、地域の活性化、魅力向上にもつなげていきたい」(小林氏)。
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東急線沿線での自動運転の実装も、数年以内を見据えている。
「無人」運行にはこだわらない
今後の課題は「自動化」するタスクの拡大だ。「自動運転というと運転技術の話ばかり注目されがちですが、実はバス運転手は、お客さまへの行先案内、注意喚起、車いす対応、トラブル対応、決済の確認など、接客対応にかなり神経を注いでいます。すでに行先案内は自動化していますが、今後の実証実験ではその他のタスクについても少しずつ自動化を進めていきます」(小林氏)。
一方で「必ずしも『無人』での運行にこだわっているわけではない」と長束氏は付け加える。「これまでの実証実験でも、車内には必ず保安要員(運転免許は不要)を確保してきました。システムとしては無人で運行することは可能ですが、サービスとしてそれが正しいのかは議論の余地があります。お客さまがお困りになった時に即応できるスタッフがいた方が、利便性が高まるという見方もある。その点も今後の実証実験で見極めていきます」(同氏)。

未来都市への一歩踏み出す
自動運転車両が道路を自由に行き交う。そんな未来図を皆一度は空想したことがあるだろう。「どうしても少子高齢化、人手不足といった『課題解決』という側面が前に立つが、本来はもっと明るく、夢のある話」と小林氏は強調する。「参入した当初からテーマに掲げているのが『新たなビジネスの開拓』。この新しい技術を起点に、まだ誰も思い付いていないようなサービスを考え、開発していきたい」(小林氏)。
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東急グループの沿線に自動運転バスが実装される日は近い。商業施設やレンタル収納と連携した無人宅配、都心オフィスや介護施設への送迎、AIガイドによる観光地案内など、グループリソースを活用したさまざまなサービスが予感されるが、きっと記者が想像だにしないものが生まれるに違いない。今後の動向を期待を持ってウォッチしたい。(丈)
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