記者の目

2023/8/30

駅近の、人とつながれるコミュニティスペース

賃貸住宅オーナーの取り組みを探るPart.24

 地域の人とつながる。口で言うのはたやすいが、今の時代知り合いを増やすのは容易ではない。  そんな中、所有物件のワンフロアをコミュニティ形成につながる活動の場「kichika」として運用している賃貸住宅オーナー、渋谷洋平氏・純平氏(以下、渋谷兄弟)の取り組みを紹介する。

◆脱サラし、その後大家の学校1期生に

 小田急相模原線「相模大野」駅から徒歩2分、商店が連なる駅前のにぎやかなエリアにある地上11階地下1階建ての店舗・事務所・住居の複合建物が「パークハイム渋谷」(神奈川県相模原市)。こちらの運営・管理を行なっているのが、渋谷兄弟である(正確には(有)ミフミ(神奈川県相模原市)にて両親と共に賃貸業を中心に手掛ける)。

小田急相模原線「相模大野」駅から徒歩2分に位置する「パークハイム渋谷」

 1994年築の同物件は地下から2階までが事業用、3階より上が居住用という物件。居住用は36戸で構成されており、立地の良さに加え1K(33.86平方メートル)、3DK(51.3平方メートル・52.95平方メートル)と賃貸物件では珍しいゆとりある面積に、バストイレ別といった仕様が評価され、良好な稼働を続けているという。

 同物件の地下1階、もともとは居酒屋だった約124平方メートルのフロア。現在は「kichika」と名付け、イベントスペースとして貸し出したり共同作業の場として活用したりしている。
 駅近の好立地のワンフロアを、このようにある種“ぜいたく”な使い方をしているのは、渋谷兄弟が抱くこのまちへの“愛情表現”でもある。

◆得た知識を実践で生かそうとするも…

 相模大野の地に生まれ地域に愛着を持つ二人は、この地から離れることは考えたことはなかったそうで、大学卒業後、それぞれ数年にわたるサラリーマン生活を経て、2012年に兄の洋平氏が、13年に弟の純平氏が両親が経営しているミフミに入社。大家業に携わるようになった。

渋谷洋平氏(左)と純平氏(右)

 入社後は、父親から実務を学んだ。「当時は“大家は表に出ないほうがいい”という考えが大勢で、われわれもひっそりと仕事をしていた」(洋平氏)と、当時を振り返る。
 次第にオーナー向けのイベントに参加して情報を得たり、そうした場でオーナーの仲間ができ情報交換をしたりしていくうちに、意識が変化していった。「明確な主義主張を持ち取り組む方、ユニークな活動をされている方など、多くの個性豊かなオーナーと知り合い、とても刺激を受けました。同時に、オーナー業に取り組む際に、オーナーの考えや地域の特色を打ち出してもいいんだ、ということにも気づいた」(純平氏)。

 多様な知見を得て、所有物件でもそうした取り組みをしてみたいと考えるようになった両氏。それまでは、入居者入れ替えの際のリフォームは管理会社に一任していたが、「管理会社がもともと設置していた古い型番の製品で交換しようとしていたので、『今はもっといい性能のものも同じ価格で入れられるのでは?』と提案してみたり。デザイン性の高い物件が増えていることから、原状回復時のリフォームの時にデザイン性の高いプランを提案してみたり。色々してみましたが、管理会社の手間を増やしてしまうことになるためになかなかスムーズに進められないことも。こちらの性急なやり方がまずかったかな…と反省したり」(洋平氏)と、いくつか壁にもぶつかった。

 そうした中、2016年に「大家の学校」(校長:青木 純氏)の開校の報を受け、兄弟で1期生として入学することに。大家業について体系的に学ぶ中で、人が集う場づくり、エリア価値の重要性などを改めて認識していった。「当時、『金持ち父さん』が話題になっていました。投資優先の賃貸を否定するわけではないのですが、われわれは地主大家として社会の中で不動産という資産にどういう役割があるのか、地域のためにどういったことができるのか。地域の景観や次代を担う子供たちの暮らしなども含めて、取り組んでいきたいとの思いを新たにしたのです」(洋平氏)。

◆ワークショップで増える地域の知り合い

 良いと思ったことを実践できる実行力とフットワークの良さが、渋谷兄弟の強みだ。2017年、「パークハイム渋谷」に空室が発生したため、空間づくりワークショップのサポート等を手掛ける(株)KUMIKI PROJECT(当時)の力を借り、空室で床の無垢板張り、壁の塗装を行なうワークショップを開催した。本当に人が集まるのか?と不安に思っていたそうだが、物件内の入居者、地域の住民、KUMIKI PROJECTのホームページの告知を見てきた人など10人強の参加者が集まり、一緒に作業を行なった。完了後には昼食をとりながら会話を楽しんだ。「以降、何度かワークショップを開催していますが、作業後に必ず一緒に食事をする時間をとっていますが、これがとても心地のよい時間なんです」(純平氏)。

 その後3回にわたり、専有部でDIYのワークショップを開催。共同作業、その後の交流といった形で着実に人の縁が広がっていくことに、やりがいと快感を感じていったという。

2017年に開催したワークショップの様子。物件内の人、地域の人など10人強が参加(写真提供:(有)ミフミ)
ワークショップ終了後には、かならず参加者みんなで食事をとることとしている。「この時間がとても心地よい」(純平氏)(写真提供:(有)ミフミ)

◆地域活性化の活動にも参加し、さらに広がった人の縁

 かつては“ひっそりと”“目立たぬように”オーナー業に従事していた渋谷兄弟の世界は、参加者を経由して温かく緩く広がっていく。

 相模原女子大学准教授の依田真美氏と知り合い、誘いを受けて、2018年には地域コミュニティ活動「さがみはら100人カイギ」に主催者として活動することに。「100人カイギ」とは、(一社)INTO THE FABRICが推進する地域活性化イベント。毎回5人のゲストが登壇。その仕事や取り組みについて講演してもらい、ゲストが100人に達すると解散する、というもので、もともとは東京都渋谷区や港区で開催されていたイベントだ。相模原市でもこの取り組みを実施しようということで、依田氏から声を掛けられた両氏。地元でのつながりを作りたいという思いを抱いていたことから、参加を了承。渋谷兄弟は主催者としてイベント運営活動にも力を入れていった。

 この活動を通じて「劇的に知り合いが増えた」(純平氏)そうで、人とつながり、コミュニティが育まれていくことの実感が得られたという。

 しかし2020年、コロナ禍に突入。その少し前のタイミングで、「パークハイム渋谷」の地下1階のレストランが撤退。スケルトン化し新たなテナントを募集したところ、立地の良さもあり入居の応募は複数受けたそうだが、なかなか話はまとまらなかった。そうした中、これまでの取り組みで地域で人の縁が広がっていくことに手ごたえを感じるようになっていたこと、地域コミュニティの形成はこのまちの魅力を向上させることにつながるのではないかと考えたことから、このフロアを地域コミュニティ形成の場として活用していこうと考え、方針を変更。コミュニティ形成の場として活用したいと両氏は考えた。

 問題は、賃貸することで得られていた収益分をどうやって確保するかということ。悩んだ結果、物件を自主管理とすることで管理費の支出を圧縮。その上で、このフロアを人が集まれる場とするために整備を進めていった。空調や照明を設置し、プロジェクターやオーディオも導入した。「空調は専門業者に依頼しましたが、スピーカーなどのオーディオ機器はローリング足場を借りてきて自分たちで取り付けました」(純平氏)。多様な展開を想定し、キッチンやダクトも整え、スペース貸し兼コミュニティスペース「kichika」として展開することとした。

◆「コミュニティ形成、まちの価値向上の取り組みで使ってもらいたい」

 現在、「kichika」はレンタルスペースとしての機能と、イベント会場としての機能を持つスペースとして運用している。

料理教室の開催やシェアキッチン等の活用も見据え、キッチンやダクトも設置
マルシェやポップアップショップなど、地域の人に楽しんでもらえる企画も開催している(写真提供:(有)ミフミ)

 「ここは、コミュニティ形成やまちの価値向上につながる取り組みについて活用してもらいたい」との考えから、地域の方が講師を務める料理教室、「パークハイム渋谷」の入居者が主催するイベント、地域のフリースクールの活動場所などで利用してもらっている。「さがみはら100人カイギ」の会場として提供することもある。

 なお、この場所のモニュメントともいえる、幅5m、高さ2.7mの本棚もワークショップで作成・設置。一部は入居者に共用で使ってもらったり、古本市やポップアップストアのスペースとして活用している。

KICHIKAの壁にはワークショップで大きな本棚を作成・設置(写真提供:(有)ミフミ)
渋谷兄弟が主催者として参加するさがみはら100人カイギの会場として提供することも(写真提供:(有)ミフミ)

 飲食店許可も取得し、イベントに合わせて飲み物の販売もできるようにした。地域の方に喜ばれる使い方を模索しながら、これからも運用していく計画だという。

 「100人カイギの取り組みもあり、知り合いがたくさん増えました。その知り合いの人たちはさまざまな職能を持っていて、そういう人たちにここを使ってもらうことで、エリアがより面白くなれば。そして人の輪がさらに広まってくれれば…。そう願っています。そしてそのような流れに寄与できるとしたら、オーナーとしても大変喜ばしいと考えています」(洋平氏)。

◆    ◆ ◆

 今回取材に応じてくださったのは、地主系大家のご兄弟。人当たりがソフトで、とても謙虚。「ここで大家をやらせていただく」という言葉を取材中に何回も聞いた。そんな二人を慕い人が集まる流れが、取り組みからまだ期間が短いにもかかわらず、できあがりつつある様子がうかがえた。

  kichikaの運営方針や料金は、利用者の目的や利用方法により、柔軟に対応していく考えだという。それも、日々広がる人の縁や地域の様子を見て決めていきたいとの思いからのようで、そういうオーナーが運営する施設があることは、この地域の財産となるように思えた。(NO)

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2024/5/23

「記者の目」を公開しました

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今回更新したのは、「インフラゼロへの挑戦」。皆さんは、(株)MUJI HOUSEが、既存のライフラインに依存せず、エネルギーを自給自足できる設備を整えたトレーラーハウス「インフラゼロでも暮らせる家」の商品化を目指しているのをご存じですか?同社は昨年3月に実証実験「ゼロ・プロジェクト」を開始。2025年の実用化を目指し、今年4月にはプロトタイプを報道陣に公開しました。写真も交えつつをレポートします。「未来の家」が垣間見えるかもしれません。