記者の目

2023/7/20

日常に“銭湯”がある暮らし

“銭湯”から生まれるコミュニティ

 昨今のサウナブームにより、若い世代が銭湯に足を運ぶようになっているという。東京・高円寺にある1933年創業の「小杉湯」は、名物のミルク風呂をはじめ、週替わり・日替わり風呂などさまざまな種類の湯を楽しめるとあって、平日は500人前後、休日になると約1,000人が訪れる日もあるのだとか。年齢層は10~30歳代が約5割を占め、電車を乗り継いでやってくるファンもいるほど。この「小杉湯」を起点に、いま高円寺のまちにイノベーションが起こっている。仕掛け人は小杉湯の常連。いったいどんな変化が起こっているのだろうか。

◆銭湯での会話がきっかけで生まれたプロジェクト

 仕掛け人は、(株)銭湯ぐらし(東京都杉並区)代表取締役の加藤優一氏。小さい頃から銭湯が好きで、設計事務所への就職が決まり、故郷・山形から上京してからも毎日銭湯に通っていたが、その銭湯が「小杉湯」だった。

 ある日、番台に座っていた小杉湯の三代目オーナーから声をかけられ、自然と会話を交わす仲に。加藤氏が空き家再生やまちづくりの仕事に携わっていることを知った。オーナーから「銭湯の横にある解体予定の風呂なしアパート(全10戸)があるから、ぜひ活用してほしい」と言われたことが、プロジェクトを始めるきっかけとなった。

 解体までの期間は1年。風呂なしだが“銭湯付きアパート”として住みながら、その跡地をどう活用していくか決めることに。加藤氏が小杉湯に集まってくる面白い活動をしている人に声をかけたところ、カメラマンやミュージシャン、アーティストなど多彩な面々が集まり、2017年3月頃から10人の住人でアパートに住むこととなった。

「小杉湯となり」が完成する前の風呂なしアパート。取り壊し前に住人が外壁に絵を描いた<写真提供:(株)銭湯ぐらし>
小杉湯では住人によるコンサートを開催したことも<写真提供:(株)銭湯ぐらし>

 それぞれの住人は、自らのスキルを生かし、小杉湯でのライブやアパートでの展示会などを開催。銭湯という場で自分の仕事を形にしていった。
 「アパートの住人は、自分を含めワーカホリックな人が多かったんです。1日1回、銭湯に入り、仕事から離れて自分と向き合い心身を癒す。この暮らし方を皆とても気に入り、“銭湯のある暮らし”をもっとたくさんの人に体験してもらいたいと考えるようになりました」(加藤氏)。

 定例ミーティングやさまざまな場所への視察を経て、アパート解体後の跡地にシェアスペースをつくる企画が生まれた。「仕事をした後に銭湯に入ったり、湯上がりに食事をしたり、“銭湯のある暮らし”を体験できる場所をつくりたい。そう思い、小杉湯の三代目にアイディアを提案したところ、新しい建物の運営も任せてもらうことになったんです」(同氏)。

 18年10月、住人らとともに(株)銭湯ぐらしを立ち上げ、新しい建物の準備を進めた。銭湯のようにさまざまな年代の人が関わることができるよう、子育て中の方や80歳代の銭湯の常連さんもメンバーに加わった。また、地域住民の意見も積極的に取り入れようと、小杉湯を訪れた人にアンケートも実施。そうして20年3月、アパートの跡地にシェアスペース「小杉湯となり」がオープンした。

◆ほどよいご近所付き合いができる場所

 「小杉湯となり」は、1階がシェアキッチンとテーブル席を自由に使える仕様に。ドリンクコーナーや掲示板があり、週末にはイベントも開催される。2階は、Wi-Fi・電源・プリンターを完備、畳の小上がりでくつろいだり仕事をしたり、思い思いに自由に過ごせる場所に。3階のベランダ付きの個室は、6畳1間を貸し切り利用できるようにしている。

 当初、1階を飲食店、2階をコワーキングスペースとして運用を始めたが、オープンして2週間後にコロナの感染拡大が発生。休業要請を受け、20年6月から飲食店はストップ、急遽、会員制のシェアスペースに切り替えた。「悩んだ末の決断でしたが、会員制にすることで、この場所に“顔見知りの関係性”が生まれ、少しでも安心して使っていただけると思ったんです」(同氏)。
 会員制になってからは、1階のシェアキッチンで自炊する人や2階で仕事をする人など、思い思いに使われている。コロナが収束するにつれ、週末限定で飲食店営業を再開しているという。

1階のシェアキッチン。平日は会員がシェアキッチンとして使い、週末は会員以外の人でにぎわう<写真提供:(株)銭湯ぐらし>
2階のシェアスペースは、くつろいだり仕事をしたりと、思い思いに過ごせる場所となっている<写真提供:(株)銭湯ぐらし>

 月額2万2,000円で使い放題。会員には、「となりチケット」を月10枚配布。小杉湯の入浴券だけでなく、高円寺の店舗で割引券として使えたり、レンタサイクルが利用できるなど、まちの機能と連携している。

 「コロナには苦しめられましたが、新たな気付きも多かった。リモートワークが一般化したことにより自宅以外で仕事場が必要になったとか、一人暮らしの人は人との接点が断たれたために人とのふれ合いを求めるようになったとか。そうした方たちに家以外での“自分の居場所”として小杉湯となりを利用していただけたらと思っています」(同氏)。

◆まちで暮らしをシェアする

 銭湯ぐらしの活動は、さまざまなところで波及効果をもたらしている。
 小杉湯から徒歩5分の場所に古民家を所有するオーナーからは、「いい取り組みだから私の物件も活用してほしい」との問い合わせを受けた。話を聞くと、週末だけ古民家で喫茶店を開くつもりだが、平日は使う予定がないとのこと。そこで、企画・改修を手伝い、21年3月に「小杉湯となり‐はなれ」として活用をスタートした。平日は、小杉湯となりの会員がサテライトスペースとして利用することが可能。休日は、オーナーが食のワークショップなども開催しているそうだ。

 この出来事を機に、加藤氏は「実は空き家の活用に困っている人はもっとたくさんいるんじゃないか」と気付いた。早速、銭湯ぐらしのメンバーで、空き家探しやまち歩き、不動産会社も訪ねたけれど、なかなかいい物件にはめぐり合えない。それならば、面白いことをやりたい人が集まるような場をつくったほうがいいのでは…と、「空き家勉強会」を開催することとした。
 「自分たちが行なっている取り組みや価値観を伝えた上で、“一緒にチャレンジできる大家さんと出会いたい”というスタンスで始めました」(同氏)。

 参加者の空き家を見学し、皆で活用法を考えるワークショップを行なったところ、小杉湯から歩いて5分程度のアパートでいいアイディアが生まれた。築50年超の木造2階建てアパートで、オーナーが住む以外の居室4戸は空室。当時は、家賃3万円でも借り手がつかないという物件だったが、レトロな家具の雰囲気が良く、随所に大工の技巧も凝らされている。加藤氏は、銭湯を組み合わせてリブランディングしようと考えた。

平日はサテライトスペース、週末は喫茶店になる「小杉湯となり―はなれ」<写真提供:(株)銭湯ぐらし>
銭湯ぐらしのメンバーが「湯パートやまざき」の具体的なイメージ図を描いた<画像提供:(株)銭湯ぐらし>

 各自が1部屋ずつプライベートな居室を所有した上で、4戸のうち1戸をシェアスペースすることで、ほどよいコミュニティを醸成できるように。入浴券1ヵ月分を家賃に組み込み、22年2月、家賃6万円の銭湯付きアパート「湯パートやまざき」が誕生した。
 住人募集の告知をTwitterにアップしたところ、3日間で約50人の応募があり、慌てて募集を締め切ったという。改修費は一切かけず、リブランディングだけで入居者が集まった。

 「銭湯のある暮らしは、まちで暮らしをシェアすること」と加藤氏。風呂は小杉湯で、「小杉湯となり」で自炊したり近所の店で食事をしたり、「小杉湯となり-はなれ」を仕事場として活用し、「湯パート」で寝る。半径500m圏内を家のように楽しむ豊かさがあるのだという。
 「ムラ社会的な近すぎる距離感ではなく、都会的でドライな遠すぎる関係でもない、中間くらいの距離感でほどよい関係性が築けます」(同氏)。

◇   ◇ ◇

 現在、長野に移住した「小杉湯となり」の元会員が、移住先でも「銭湯のある暮らしを広げたい」と、松本市にある銭湯の近くでゲストハウスの運営を開始。大阪に転勤した銭湯ぐらしのメンバーも、同様の取り組みを始めようとしているそうで、「銭湯のある暮らし」は各地で広がりつつある。加藤氏は、これまでの活動を1冊の本にまとめて出版する予定。これからまちづくりを始めようという方には参考になるかもしれない。
 「銭湯が好きだから足繁く通っていて、そのことで小杉湯にお金が入り、まちが続いていく。一人ひとりが自分の暮らしを積み重ねていくことで、まちづくりにつながるんです。まちを活性させるためには、こういう認識を持つことが大切ではないでしょうか」と加藤氏は話す。

 空き家問題はもはや地方特有の問題ではない。都市部においても空き家は増えている。「湯パートやまざき」の取り組みが軌道に乗り、「銭湯付き〇〇」の建物が増えれば、高円寺エリアにある空き家の活用は進んでいくのではないだろうか。
 銭湯ぐらしが今後どのような活動を行なっていくのか、動向に注目したい。(I)

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編集部レポート「官民連携で進む 空き家対策Ⅳ 特措法改正でどう変わる」では、2023年12月施行の「空家等対策の推進に関する特別措置法の一部を改正する法律」を国土交通省担当者が解説。

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