海外トピックス

2021/10/1

vol.385 英領時代のコロニアル建築めぐり 【マレーシア】

 マレーシアの首都クアラルンプールは、開発されてから140年余りという、まだ新しい街だ。イギリスの植民地時代に行政府が置かれ、1957年の独立とともに首都となった。今回は、同地に残る20世紀前半の植民地建築物を紹介したい。

クアラルンプールの都市建設

 イギリスがマレー半島に進出したのは、18世紀末のこと。海上交易のためにマラッカ海峡沿いの港湾都市ペナン、マラッカを占領、半島南のシンガポールを手中にして勢力を強め、1909年には半島全体の支配を確立した。

錫採掘の様子(シティ・ギャラリーの展示)

 19世紀半ばのクアラルンプールには、錫を採掘する中国人鉱夫の集落があるだけだった。本格的な都市建設が始まったのは1880年、半島最大の港町クランに代わってスランゴール藩の都になったことがきっかけだ。当時はクリケットを楽しむ場所だった、現在の「ムルデカ(「独立」という意味)広場」周辺に植民地行政の拠点が置かれた。

チューダー様式のクラブハウス

「ムルデカ広場」から見る「ロイヤル・スランゴール・クラブ」

 「ロイヤル・スランゴール・クラブ」クラブハウスは、芝生に覆われたムルデカ広場の北側にある。オレンジの屋根に白い壁、黒い柱や梁を外側に配置した木骨造りが特徴のチューダー様式の建物で、クアラルンプールを代表する景観として市民に親しまれている。

「ロイヤル・スランゴール・クラブ」館内

 同クラブはクアラルンプールで最初の社交クラブである。 初期の建物はヤシの葉で屋根を葺いた板張りの簡素なもので、 1889年に現所在地に2階建てのクラブハウスが建築された。現存するクラブハウスは1970年の火事で焼失後、再建されたもので、設備は新しくなっているが、チューダー様式の外観は継承している。

「ロイヤル・スランゴール・クラブ」ロングバー。入れるのは男性のみ

 会員制のため、部外者の入館の機会は限られる。館内は木の風合いを生かした落ち着いた造りで、所々に飾られた昔の写真が歴史を物語る。1984年にスランゴール州スルタンから「ロイヤル」の称号を許され、「ロイヤル・スランゴール・クラブ」になった。

ネオゴシック様式の英国国教会大聖堂

「聖メアリー大聖堂」。壁に建築年が記されている

 ロイヤル・スランゴール・クラブから東に進むと、白壁に茶色の屋根の「聖メアリー大聖堂」がある。クアラルンプールに現存する最古の、英国国教会の教会だ。

 藩都建設が始まって間もないクアラルンプールは1884年、大火に見舞われて主要な建物が焼失した。この年は水害も起きて、再建中の建物もまた失われてしまった。このため、イギリス人理事官は1884年に、 堅牢なれんがやタイルを建築に用いるよう命令を出した。

 この建物は、マレー半島で初めてれんがが使われた教会でもあった。建築に当たっては当時の西洋人社会に寄付が呼びかけられたという。教会は日曜礼拝のほか、洗礼や結婚式、葬式など、イギリス人キリスト教徒の生活を支えた。1895年製のパイプオルガンも賛美歌を奏でたことだろう。

「聖メアリー大聖堂」礼拝堂

 19世紀に流行したネオゴシック様式で造られており、現在も礼拝等に使われている。足を踏み入れると、思いのほか天井が高いことに驚く。1998年にはコモンウェルスゲーム出席のためにマレーシアを訪問していたエリザベス女王(イギリス国教会の長)が礼拝に参加している。

クアラルンプールの「ビッグ・ベン」

「スルタン・アブドゥル・サマド・ビル」外観

 ムルデカ広場に戻り、南側の「スルタン・アブドゥル・サマド・ビル」を望む。クアラルンプールを象徴する時計塔は高さ41mあり、銅色にきらめく、たまねぎ型のドームが左右に配されている。

 英領マラヤで最初のムガール様式(インドのムガール帝国の建築様式)が採り入れられたのは、担当したイギリス人建築技師が、当時英領だったセイロン(現スリランカ)で働いていたことに関係する。当初はネオ・ルネッサンス様式で建築されたものの、気候に合わないという理由で改修された。

 完成後は庁舎として使われ、単に「政府庁舎」と呼ばれていたが、1974年、着工当時のスランゴールの第4代スルタン(王)、アブドゥル・サマドにちなんで改称された。2007年にはマレーシアの国家遺産(文化財)に登録された。

クアラルンプールが生まれた場所

合流点から臨む「マスジット・ジャメ」

 「クアラルンプール」は、マレー語で「泥の交わるところ」という意味。中国人鉱夫たちがそう呼んでいたという、クラン川とゴンバック川の合流点に「マスジッド・ジャメ」(ジャメ・モスク)はある。

「マスジット・ジャメ」外観

 クアラルンプールで最初のれんが造りのモスクで、赤れんがに白い漆喰がアクセントの壁面やミナレット(尖塔)、たまねぎ型の白いドームはムガール様式。1965年に国立モスクが完成するまでは、ムスリムにとって最重要の礼拝所だった。礼拝時間以外は見学が許されているので、れんが積みの壁や大理石の床を見ることができる。

「もっとも美しい鉄道駅」

マレーシア鉄道公社と「クアラルンプール駅」(右)

 「マスジッド・ジャメ駅」からふたつ先が、白亜の「クアラルンプール駅」だ。2001年に「KLセントラル駅」 が建設されてからは中央駅ではなくなったが、筆者は今でも、時間が許すときにはホームに降り立って、この優美な駅舎を眺めることにしている。

 港町クランとクアラルンプールを結ぶ路線が開通したのは1886年。1910年から使われた「クアラルンプール駅」は、「世界でもっとも美しい鉄道駅」と言われた。整然と並ぶアーチ、たまねぎ型のドームが特徴的なムガール様式で、2007年に国家遺産に登録されている。

イギリスの植民地建築

 20世紀前半のマレーシアの建築物には、当時のイギリスで盛んだった建築様式のほかに、ムガール帝国の影響を受けたものが多い。西欧の建築様式は、 高温多湿のマレー半島には合わない面があった。そこでイギリス人建築技師が思い浮かべたのは、同じく英領で、暑い気候のインドだった。ムガール朝の様式を採り入れたのは、 ムスリムが多く住む土地柄を考えたのかもしれないが、土着のマレー建築ではなかったところをみると、彼らにとってエキゾチックで、新しく建設する植民都市の建物のデザインとして魅力があった、ということではないだろうか。

川崎 典子
編集・ライター。マレーシアを中心に、東南アジアの社会や生活文化について取材、寄稿中。大学では国際関係論を専攻。卒業後、勤務した出版社でアジア関連の書籍を編集するうちにアジアに惹かれ、退職して1年超の旅行を経験。アジアを中心に、これまで約20か国を訪問。国際協力NGOの東京勤務を経て、現在は東南アジア在住。「海外書き人クラブ」所属。

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