古都フリブールの片隅から漂う、ナゾの臭い
スイス西部にフリブールというまちがあります。古都の趣を色濃く残すこのまちには、大きな高低差のある地区があり、上には商業施設や大学などの教育機関が、下には中世時代で時が止まったような旧市街のまち並みが広がっています。
上のまちには、目立たない一角に小さな公園があるのですが、その周辺を歩いた途端、ツンと鼻をつく強い臭いに襲われます。季節や風向きによって臭いの強さは若干異なれど、その臭いは子どもの頃よく遊びに行った祖父母宅の“汲み取り式トイレ”を思い出させます。
近くに公衆トイレはありません。唯一目に入るものといえば、公園の隅に建つ「FUNICULAIRE」と表示がある、小さな建物のみです。
「ニオイ」の原因はケーブルカー!
「FUNICULAIRE(フニキュレール)」とは、フランス語で「ケーブルカー」の意味。この小さな建物は、1899年から上下のまちを毎日行き来するケーブルカーの駅で、そのレトロな深緑色の車体は愛らしく、まるで遊園地の乗り物のようにも見えます。
さらに、このケーブルカーには他では見られない秘密があります。それは電力ではなく「水力」で動いていること。しかも普通の水力ではなく、一般家庭やオフィス等から出される排泄物や、その他の生活排水を利用しているのです。ケーブルカーの駅周辺に漂う強烈なトイレ臭は、ここから来ていたのでした。
それにしても、エコロジーなんて概念がまだなかったであろう120年も昔から、このようなエコなケーブルカーが存在していたことに驚きます。
どのように稼働しているかというと、仕組みはいたってシンプル。上の駅に設置したケーブルカーのタンクに3,000リットルの排水を給水し、その重みで車両を下の駅へとさげ、同時に下の駅にある車両を引き上げるという、おもりの原理で運転しています。
ビール会社従業員の移動手段だった
いまはフリブール市民の足となっているケーブルカーですが、元々は上のまちにあったビール工場の所有物でした。当時、ビール会社に勤める従業員の多くが下のまちに居住していたため、職場まで通勤しやすいように設置したのが始まりらしいです。
その後何十年も経て、工場がケーブルカーを手放し、1970年からはフリブール市交通局が単独で運営するようになりました。現在、ケーブルカーは市バスと同等の扱いなので、市内を走るバスと同じ運賃で乗車できます。
ケーブルカーに乗ってみた
長年、市民の足として活躍していることに加え、その特徴ある稼働法から、スイスの文化財にも指定されているフリブールのケーブルカー。でも本当にこの強烈な臭いを敬遠する人はいないのか? ケーブルカーの運転手も、自分の服に臭いが染み付くことに抵抗はないのか? そんなことを考えながら、両駅をケーブルカーで往復してみました。
乗車時、気さくな運転手さんがケーブルカーのウンチクを色々と話してくれました。彼の口調からケーブルカーへの深い愛情を感じ、同乗していた他の乗客も「下水の臭いは、正真正銘、生活排水をリサイクルしている動かぬ証拠!」と誇らしく思っているよう。
では、ケーブルカーに使用された排水は、その後どうなるのでしょうか?
タンクに入れられた排水は、下の駅に到着後、ふたたび排水網へと戻ってろ過され、最後は町の花壇や街路樹の水やりに再利用される、とのことでした。
小島瑞生
1998年から2009年までアイルランドを生活拠点としたのち、スイス西部フリブール州に引っ越し、今も当地に暮らす。現在はスイスのフランス語圏とドイツ語圏を行き来しながら、雑誌やウェブサイト、ラジオなどのメディアで様々な情報を発信中。