海外トピックス

2023/5/1

vol.404 パンデミック困窮者の再起を促す仮設住宅【ブラジル】

 街行く人のマスク着用率が大幅に減ったサンパウロ。しかし、パンデミック以降に失職するなどして路上生活を余儀なくされる人は未だ増えている実感がある。サンパウロでは、2019年から2021年までの2年間でホームレスは31%増加し、3万1884人に達した。

 こうした生活困窮者を救うべく、サンパウロ市役所の援護・社会開発局は、22年12月24日に自助努力での社会復帰を支援する仮設集合住宅計画「ヴィラ・レエンコントロ(Vila Reencontro)」を市内カニンデ地区で発足した。ホームレス状態にある世帯に対して、基本的な生活道具が備わる家屋を無料で提供し、職業訓練、保健など生活全般の援助を施すことで、入居世帯に2年以内に社会復帰してもらうことを目指す計画だ。

18㎡の規格化されたプレハブ家屋が並ぶ
遊具も備わったカニンデの施設

 一律18平方メートルのプレハブ家屋40棟が並ぶ敷地は、閉鎖されたかつての市営スポーツ施設の土地で、その面積は3万3000平方メートルと広大だ。今後、段階的に計1,080人を収容できる270棟まで家屋を増設していく。

施設への信頼が感じられる入居者の声

ジウマーラ・ロドリゲス・ゴンサルヴェスさん
基本的な設備が備わった家屋内

 集合住宅開設時に入居したジウマーラ・ロドリゲス・ゴンサルヴェスさんは夫、娘2人とともに4人で暮らす。パンデミック中に自身は妊娠し、夫は職を失った。借家の家賃支払いが滞り、一年前に市の別のホームレス施設に一旦入居した後、ここに転居してきた。低所得ながらも最近まで“普通の“主婦”だったゴンサルヴェスさんにとって、現在のプレハブ家屋は手狭ながらも不満はなさそうだ。

 「以前の施設では、食事は与えられるものしか許されていませんでした。ここには台所があるので、食事や離乳食を自分で作れます」とのこと。キッチンにはガスコンロと冷蔵庫がある他、ベッド、シャワー、トイレも備わり、基本的生活の提供とプライバシーへの配慮が施されている。

ルイス・エンリケ・ドス・サントスさんと宿題に取り組む9歳の息子

 かつて市役所と提携のあるゴミ収集業者に勤務し、清掃員約100人を取りまとめる管理者だったルイス・エンリケ・ドス・サントスさんは、リストラでの解雇後に心臓病を患った。就職できない月日に治療を続け、やがて妻子とともに借家を後にし、約1年前に市内北部サンタナ地区の施設に入居。その後市役所の案内に従ってヴィラ・レエンコントロに転入した。

 「期限の2年間より前に施設から独立したい」と言うサントスさんは、社会的責任を伴う仕事に就いた経験があるためか、ホームレス支援に依存してしまう怖さを自覚している。妻が施設から職場に通うなか、家族と暮らすプレハブ家屋をホームオフィス化して仕事をするつもりだ。持病に関しては、施設内にスタッフが24時間駐在していのに加えて、保健局相談員が定期的に訪問するので安心感があるとサントスさんは言う。

カニンデの施設で働くAVSIブラジルのスタッフたち
入居者と談笑するAVSIブラジルのスタッフ

 ヴィラ・レエンコントロで働くスタッフは市役所と提携したNGO団体AVSIブラジルからの派遣だ。AVSIはイタリア・ミラノに本部を構える国際的人道支援団体で、ブラジル支部は07年の創設以来、北部でのベネズエラ難民への支援活動など31のプロジェクトを手掛けてきた。AVSIブラジルのスタッフは、生活指導と相談、子供の情操教育や娯楽など入居者の人間性を尊重して、全面的に支援している。

子供には学校を、失業者には職業訓練を

援護・社会開発局局長のカルロス・ベゼーハJr.氏

 「ヴィラ・レエンコントロはハウジングファーストの理念に従ったブラジル初の企画です」と説明するのは企画を発足した援護・社会開発局のカルロス・ベゼーハJr.局長だ。

 ハウジングファーストとは、ホームレス状態にある人々に対して、安心して暮らせる住居の確保を最優先する方法で、欧米のホームレス支援の現場で広まりつつある。

 「ホームレスは、単身者、LGBT、移民あるいは麻薬中毒者、精神障害者、長期路上生活者などカテゴリに分けられ、各セクターが対応しています。ヴィラ・レエンコントロは、低学年の子供を抱え、社会復帰の意思の強い家族を優先した計画です。子どもたちは付近の公立の保育園や学校に登録し、失業者には職業訓練を与えた上で、収入が得られるよう職を斡旋します」と言う。ヴィラ・レエンコントロに入居する世帯は、担当者が世帯主と扶養家族の意欲や性格を面接で確認して選定している。

 ヴィラ・レエンコントロでの入居者の滞在期間は2年だが、それはあくまでも目安であり、入居者が尊厳を取り戻し、自活できるための目標の期間だそうだ。

入居する子どもたちの娯楽と教育を担うボランティアスタッフ

国際的ネットワークの協力で企画の永続化を狙う

今年2月にアニャンガバウにオープンした施設
入居者の安全のために3交代制でガードマンを配置

 今年2月16日には、サンパウロ中心街アニャンガバウに、ヴィラ・レエンコントロ第2区がオープンした。こちらにもカニンデと同じ規格のプレハブ家屋が40棟並んでおり、すでに満室だ。

 「現在、10ヵ所の土地に施設の建設を予定しています。来月には100世帯収容の施設をパリ地区に開設し、今年上半期には計350世帯を受け入れられるように他の施設も建設していきます」とベゼーハJr.局長は近い未来の計画を紹介してくれた。

 「パンデミックが収束しても、社会経済に残した傷跡が大きいため、困窮者支援は長期的に行なわれる必要があります。このヴィラ・レエンコントロの企画は、サンパウロ市内だけでなく、ブラジルの他の都市部にも広めたいです」とベゼーハJr.局長。

 ヴィラ・レエンコントロが順調に展開され、ブラジルで広く普及されるためにも、同様の取り組みを行うカナダ、ポルトガル、チリ、コロンビアの自治体と連携し、パンデミック以後の国際的な問題としてムーブメントを広めたいのだそうだ。

仁尾帯刀(にお・たてわき)
ブラジル・サンパウロ在住23年。フリーランスフォトグラファー兼ライター。写真作品の発表を主な活動としながら、日本のメディアでの執筆を行う。写真・執筆の掲載メディアは「Pen」(CCCメディアハウス)、「美術手帖」(美術出版社)、「JCB The Premium」(JTBパブリッシング)など。海外書き人クラブ会員。

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