記者の目

2010/11/8

賃貸住宅は「あきらめの住まい」?!

東京における賃貸住宅での暮らしの実態とは…

 10月20日、(株)リクルート住宅総研が、消費者視点で賃貸住宅のあり方を考えるプロジェクトとして実施した調査結果の報告会を開催した。テーマは、「愛ある賃貸住宅を求めて」。今回のプロジェクトでは、ニューヨーク、ロンドン、パリと東京(首都圏)の民間賃貸住宅の居住者に、賃貸住宅での暮らしについて調査を実施(15~59歳の民間賃貸住宅居住者を対象にインターネットで調査。東京:2,000サンプル、ニューヨーク:750サンプル、ロンドン:500サンプル、パリ:500サンプル)。その結果、欧米と日本とでは多くの相違点が見られ、「住まい」に対する意識の差は歴然だった。

報告会の様子。08年は「既存住宅流通活性化レポート」、09年は「住宅長寿命化大作戦」を発表しており、今回はストック型住宅市場の形成に向けたレポート第3弾となった
報告会の様子。08年は「既存住宅流通活性化レポート」、09年は「住宅長寿命化大作戦」を発表しており、今回はストック型住宅市場の形成に向けたレポート第3弾となった
「現在の住宅を探したきっかけ」。日本の場合、ライフステージの変化、世帯の変化、仕事の都合が転居の契機となる(資料:リクルート住研「愛ある賃貸住宅を求めて」より)
「現在の住宅を探したきっかけ」。日本の場合、ライフステージの変化、世帯の変化、仕事の都合が転居の契機となる(資料:リクルート住研「愛ある賃貸住宅を求めて」より)
「住宅選びの際重視したポイント」。日本人が求めるのは、コスト、通勤・通学の利便性ばかり(資料:リクルート住研「愛ある賃貸住宅を求めて」より)
「住宅選びの際重視したポイント」。日本人が求めるのは、コスト、通勤・通学の利便性ばかり(資料:リクルート住研「愛ある賃貸住宅を求めて」より)
「前の賃貸住宅退去時の敷金の返還率」。欧米では、家主、不動産業者、借り手とも、敷金は部屋を大きく破損するなどよほどのことがない限り、普通は100%返還されるというのが共通認識(資料:リクルート住研「愛ある賃貸住宅を求めて」より)
「前の賃貸住宅退去時の敷金の返還率」。欧米では、家主、不動産業者、借り手とも、敷金は部屋を大きく破損するなどよほどのことがない限り、普通は100%返還されるというのが共通認識(資料:リクルート住研「愛ある賃貸住宅を求めて」より)
「居住地域内で親しくしている人の数」。欧米に比べ、東京の賃貸住宅居住者と地域との関係性は希薄であることがわかる(資料:リクルート住研「愛ある賃貸住宅を求めて」より)
「居住地域内で親しくしている人の数」。欧米に比べ、東京の賃貸住宅居住者と地域との関係性は希薄であることがわかる(資料:リクルート住研「愛ある賃貸住宅を求めて」より)
賃貸住宅居住者の精神的健康状態を確認できる、WHO(世界保健機関)の診断項目。最近2週間の状態に最も近いものを5つの項目から選び、6段階で得点化、合計25点満点で被験者の精神的健康状態を測定するもの。合計点が13点以下、もしくはいずれかの質問で「まったくない(0点)」か「ほんのたまに(1点)」の回答があれば、精神的健康状態に「問題あり」と診断される(資料:リクルート住研「愛ある賃貸住宅を求めて」より)
賃貸住宅居住者の精神的健康状態を確認できる、WHO(世界保健機関)の診断項目。最近2週間の状態に最も近いものを5つの項目から選び、6段階で得点化、合計25点満点で被験者の精神的健康状態を測定するもの。合計点が13点以下、もしくはいずれかの質問で「まったくない(0点)」か「ほんのたまに(1点)」の回答があれば、精神的健康状態に「問題あり」と診断される(資料:リクルート住研「愛ある賃貸住宅を求めて」より)
「月刊不動産流通」に何回かご登場いただいている、タカラ不動産(株)(石川県金沢市、代表取締役社長:小村利幸氏)が手がけたリノベーション物件「CORK LIFE」。通常、賃貸物件では壁にピンなどで穴を開けるのはNGだが、好きなだけポスターや写真を飾りたいというニーズに応え、壁一面をコルクボードに。賃貸物件の入居者がやりたかったことを実現した
「月刊不動産流通」に何回かご登場いただいている、タカラ不動産(株)(石川県金沢市、代表取締役社長:小村利幸氏)が手がけたリノベーション物件「CORK LIFE」。通常、賃貸物件では壁にピンなどで穴を開けるのはNGだが、好きなだけポスターや写真を飾りたいというニーズに応え、壁一面をコルクボードに。賃貸物件の入居者がやりたかったことを実現した

■賃貸住宅市場、不名誉な「定位置」

 全国の消費者センターに寄せられる賃貸住宅に関する相談件数は、2000年頃から急激に増え始め、03年以降は年間3万件で推移している。ちなみに、(独)国民生活センターがまとめたデータによると、1位から順に、携帯電話などを利用したアダルトサイト・出会い系サイト、サラ金、架空請求、インターネットでのアダルトサイト・出会い系サイトに次いで、何と賃貸住宅に関する相談件数が5位にランクインしている。それも、ここ数年は不名誉な「定位置」をキープしているという。

 最近のマスコミで報道される賃貸住宅に関する話題はというと、更新料問題をはじめ、原状回復・敷金返還問題、強制的追い出し…など、不動産業を営む者にとっては頭の痛くなるような話が多い。「鍵を勝手に交換され居宅に立ち入られた」、「家財道具を勝手に処分され追い出された」といった、一部の行き過ぎた行為ばかりがクローズアップされたことで、不動産会社に対する消費者の意識はことさら敏感になっている。
 悲しいかな、トラブルによって、借り手と貸し手の溝は深まる一方。それが、賃貸住宅市場の現状なのだろうか。

 そんななか、同研究所は、大都市の民営賃貸住宅に暮らす現役世代に焦点を当て、暮らしの質、コミュニティという切り口で、欧米諸国との違いを提示。そこから、賃貸住宅における課題を浮き彫りにし、「住んでいる人を幸せにする賃貸住宅」のための提案を行なっている。

■「ここ“が”いい」と「ここ“で”いい」の違い

 まず、「住まいを引っ越すきっかけ」について見てみよう。
 東京では、回答が多い順(複数回答)に「進学・就職・転職、職探し」と「結婚、同棲」がそれぞれ20%で上位を占めている。一方、ニューヨーク、ロンドン、パリでは共通して「住宅の質の改善」がトップに。この違いについて、同研究所・主任研究員の島原万丈氏は「東京の賃貸住宅市場の流動性は、住宅・不動産市場の外で決まっていて、業界から能動的に働きかける余地が小さい。海外の都市では、住宅の質や居住環境を改善したいという、住宅・不動産市場のなかに発生する動機で動いており、業界からすれば、地域や部屋の魅力をアピールすることで、転居を促す提案可能な余地が大きい」と分析している。

 次に、「住まい探しの際に重視したポイント」について。
 東京で最も重視度が高かったのは「家賃」、次いで「沿線、駅」、「勤務先や学校への交通アクセス」、「最寄駅からの距離」となった。欧米では、「部屋の良さ」、「建物の良さ」や「近隣の生活環境」、「好きな地域」という項目が重要視されていた。つまり、東京では転居にあたって「こんな部屋に暮らしてみたい」とか「好きなまちに住みたい」といった夢や憧れが少ないということだ。

 欧米では、「住まい=自分のライフスタイルの実現」というくらい、住む場所にこだわりがある。ところが、東京の場合は「通勤に便利で、家賃もまずまず、駅からの距離が近ければ、ま、いっか」といった感じで、住まい選びに強い希望を持っていないということなのだろうか。
 確かに、東京の賃貸アパートやマンションは、造りや仕様が似かよっているものが少なくない。どこを選んでも大差ない、と思うのも仕方ないのかもしれないが…。
 「ここ“が”いい」と部屋を決める欧米に比べ、「ここ“で”いい」とあきらめ混じりに決める日本。それほどまでに、「住まい」に対する意識の差があるのだ。

■「賃貸」を楽しくするための提案

 賃貸住宅における退去時の敷金返還にまつわるトラブルは多い。
 ところが、ニューヨーク、パリ、ロンドンでは「敷金は100%返却された」割合が6割を超え、平均返還率は80%弱というのが現状らしい。壁の色を塗り替えたり、棚を造ったり、部屋を自由にデコレーションしても、だ。
 それに比べ、日本では壁に釘の1本を打つのもためらわれる。何らかの改修を行なった場合、原状回復の費用を請求されることが多いからだ。これでは、「賃貸だからしょうがないか…」と割り切って、与えられた住まいで暮らさざるをえないのかもしれない。

 入居者のこだわりが反映できる部屋、心地良いと思える部屋に住まうことができるようにと、同研究所は「入居者のDIY、セルフリノベーションの奨励」、「原状回復ルールの見直し」などを提案している。
 もちろん、原状回復ルールだけが、部屋の模様替えや改修を実施する阻害要因となっているわけではない。住まい手に、そもそも「こんな部屋で住みたい」という夢や希望があるのかどうか、という問題もあるだろう。

 一方、「地域コミュニティの希薄さ」も問題点として挙げている。
 地域内で親しくしている人の数について、東京では「0人」の割合が突出しており、居住地域に親しい友人がいないという状況が54%を占める結果となった。反対に、ニューヨークでは平均で5.4人、ロンドンとパリは4.5人だった。
 「日本は、地域住民の1人として地域に溶け込んでいるとか、今の地域に住んでいるということは自分の個性の1つである、といった地域住民としてのアイデンティティがほとんど感じられない。つまりは、孤独な住まい方をしているんです」(同氏)とは、何とも寂しい現実だ。

 衝撃的なデータもある。

 同研究所が、賃貸住宅居住者の精神的健康状態を、WHO(世界保健機関)の診断項目を使って確認したところ、何と半数が「問題あり」に分類されたというのだ(ちなみに、合計点が13点以下もしくは、いずれかの質問で「まったくない(0点)」か「ほんのたまに(1点)」の回答があれば、精神健康的に「問題あり」とされる)。
 「問題あり」を都市別に比べると、東京53%、ニューヨーク26%、ロンドン26%、パリ24%と、東京は欧米の都市に比べて2倍の割合。さらに、世帯人数別にみると、どの都市でも1人世帯で「問題あり」の割合が高い傾向は一致しているのだが、東京57%、ニューヨーク29%、ロンドン31%、パリ30%と、こちらもダントツで東京の1人暮らしの状態の悪さが際立っている。

 だが、暗いことばかりを並べても仕方ない。
 「見方を変えると、賃貸住宅は、居住者のコミュニティ形成や地域コミュニティとの関係性をつくり直すことで、しばしば問題となるわが国の生きづらさや閉塞感、ストレスに対して、好ましい影響を与える力を持っていることも意味している」(同氏)と提言。住民同士、住民と地域がふれ合う共用スペースの設置などが、孤独、孤立からの脱却になるのではないかと提案している。

 家賃を払い続けても自分のものになるわけではない賃貸住宅。だからといって、半ば「あきらめ」の気持ちで住み続けるのでは、人生、楽しくないし幸せな気分にはなれない。
 「おしゃれな服が着たい」と「衣」にこだわりを持つように、「美味しいものが食べたい」と「食」にこだわりを持つように、「素敵な部屋に住みたい」「居心地のいい空間で暮らしたい」と、もっと「住」にもこだわりを持ってもいいのではないか、と考えさせられた報告会だった。(I)

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【関連ニュース】
東京の賃貸住宅は「あきらめの住まい」/リクルート住宅総研調査(2010/10/21)

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