記者の目 / 仲介・管理

2020/3/3

置けない「水槽」はない!

賃貸住宅オーナーの取り組みを探る Part.19

「賃貸住宅でペットを飼う」という行為は、たとえそれが許されているとしても色々と気を遣うもの。設備仕様の問題で飼いたいペットが飼えないことも多い。大型の水槽が必要な熱帯魚や水棲動物、爬虫類を飼育するユーザーはその代表格だ。だが、愛好家にとってペットは家族同様の存在。今回は、魚類や水棲動物等が心置きなく飼育できる「アクアハウス」の供給に奮闘する賃貸オーナー、MASA氏(仮名)を紹介する。

MASAオーナーが飼う体長60㎝はあろうかという「スーパーレッドアジアアロワナ」。こうした大型の熱帯魚を飼育するための巨大な水槽が置ける一般的な賃貸住宅は、まず存在しない。MASAオーナーは、「アクアリスト」が思う存分熱帯魚などを飼える、リーズナブルな賃貸住宅を世に送り出そうと奮闘している

趣味が満喫できる賃貸住宅を作ろう

 MASA氏は50代の士業。小さな頃から動物の飼育に興味を持ち、自宅に水槽をたくさん並べ、魚や鳥、爬虫類などを飼っていたという。成人後も、自宅を建築し水槽を並べていたことがあったが、仕事が多忙を極めていたこともあり、大好きだった趣味からは遠ざかっていた。

 同氏は8年前、仕事の傍ら不動産投資を始め、今では10棟・60室の賃貸オーナーだ。オーナーとしての転換期は、6年前に訪れた。千葉県・九十九里浜に住む知人から、同エリアでは平日は東京で働き、週末はサーフィンを楽しむいわゆる「デュアルライフ」の賃貸居住者が多くいることを教わる。自らもデュアルライフを試し、彼らと交流することで「趣味が思い切り楽しめることが、賃貸住宅を選ぶ大きな動機になる」と開眼した――。
 「入居者が人生を楽しめる、世の中にはない個性的な物件であれば、一般的な賃貸住宅のようにエリアの相場や建物の劣化に振り回されることもない」(MASA氏)。「趣味を楽しむ家」は、お金持ちが予算に糸目をつけず建てるもの、ではなく“賃貸住宅でも趣味が満喫できる”世界を作ろうと、心に決めた瞬間だった。

 そんな折、個性的な賃貸住宅のプロデュースやコンサルティングを手掛ける(同)コンセプトエール(東京都豊島区、代表社員:久保田大介氏)から、ある物件の購入を持ち掛けられる。東武東上線「上福岡」駅を最寄りとするその物件(埼玉県ふじみ野市)は、1階が元書店、2階が住居(2DK)のいわゆる「下駄履き店舗」。同社は、シャッター付きの開口部と土間の1階(約11畳)を入居者が趣味を満喫するスペースとできる(DIYもOK)「ガレージハウス」として運用してはどうかと提案し、MASA氏もそれは面白いと2014年に取得した。

アクアハウスの発想のきっかけとなったガレージハウス
Y夫婦のかわいいペットたちが並ぶ1階室内。何の気兼ねもなしに飼える環境を得たことで、Y夫婦のペットの種類は10倍になったという
ペットのメンテナンスのためDIYによりシンクを取り付けたという

 何度かの入れ替わりを経て、3年前、ペットショップの店長をしているY夫婦がガレージハウスに入居してきた。「誰に気兼ねすることなく思う存分ペットを飼いたい」という動機で、地縁も全くない上福岡の、決して新しくはない(築49年)賃貸物件に引っ越してきたのだった。夫婦は水回りのDIYなどを施したうえで、大小十数個の水槽を設置。今ではトカゲ・カメ・ヘビなど百数十匹ものペットを飼っている。「以前住んでいた賃貸マンションはペット飼育可でしたが、重量のある水槽は置けませんでしたし、やはり気を遣って暮らしていました。ここから引っ越すつもりは、全くありません!」とY夫婦。

 MASA氏も同じ趣味の「アクアリスト」だけに、夫婦の喜びは手に取るように理解できた。「どんな大きな水槽でも置けて、誰にも気兼ねなく自由に、アクアリウムやビバリウムが楽しめる賃貸住宅をもっと増やそう!」と、コンセプトエール・久保田社長、将来自分でペットショップを開業したいというY夫婦とディスカッション。コンセプト賃貸「アクアハウスプロジェクト」を立ち上げた。

「モデルルーム」で仲間づくりと設備検証

大好きな熱帯魚を眺めながら過ごす空間は、アクアリストにとって何よりの贅沢

 同氏の定義する「アクアハウス」の条件はただひとつ、「入居者(アクアリスト)が思う存分アクアリウムを楽しめるスペースがあること」だ。大型の熱帯魚を飼いたいとなれば、長さ数mの水槽が要る。その大きさの水槽でも十分置けるスペースと、搬入する動線。水槽と水の重さに耐えられる、水をこぼしても大丈夫なモルタル・コンクリート打ちの土間、室温を安定させるためのエアコン、水換え等のメンテナンスをするための給排水施設や電源(コンセント)などが備わり、観賞用のソファやテーブルが設置できるだけの部屋、である。Y夫婦の住む「ガレージハウス」は、まさしく理想の物件だったのだ。

 早速MASA氏は、アクアハウス第2弾(Y夫婦の住むガレージハウスが初弾と位置付けている)を、東武東上線「鶴瀬」駅を最寄りとする「ガレージハウス」を改装してつくることにした。同物件も、前述のコンセプトエールを通じて取得した。美容室として使われていた店舗付きの戸建住宅の1階部分を、既設の床を剥がしモルタル塗装の床に改修。水道や給湯、換気設備などは旧店舗のものを再利用。排水も、前面の道路(の排水口)にすぐ流せるので問題なし。費用数十万円というごく簡単な改修で、アクアハウスは完成した。

改装前のアクアハウス
改修後のアクアハウス
長さ1.8mの大型水槽2つ、餌用の金魚を入れる水槽、ソファなどを設置したモデルルーム

 当初は、一般に貸し出す予定だったが、MASA氏はこのアクアハウスを「モデルルーム」として使うことにした。その理由は、実際に使ってみて、水槽の設置やメンテナンスに不具合がないかをチェック、今後のアクアハウスにフィードバックするため。そして、アクアハウスを検討する同好の士に、ブログやSNSを通じてアクアハウスのイメージを伝えるため、だ。「僕自身が久しぶりに本気で熱帯魚などを飼ってみたくなって(笑)。賃貸住宅でここまでできるということを実践し、マニアの方々にお伝えしたいなと」(MASA氏)

 同氏がとくに気にしているのが、「床」だ。モデルルームには、すでに同氏が特注した長さ1.8mという巨大な水槽が2本設置されている。自家用車が乗り入れられるだけの強度を持つ床だから問題ないのだが、長期間設置した場合、微妙に床が傷み傾斜が出てくる可能性がないとも限らない。モデルハウスで巨大な水槽を置くために必要な強度を検証し、「今後開発するアクアハウスでは、床の耐荷重をきちんと表示していく」(同氏)考えだ。

アクアハウスの「ヴィレッジ」をつくる

モデルルームでは、巨大な水槽を長期間設置しても床に問題がないか、水回りやコンセント位置などの使い勝手はどうかなどを検証。今後の物件開発に活かす。モデルハウスの床も見た目にはフラットだったが、微妙に高さが違っていた(架台の左側にすき間が生じている)
愛しそうにペットに餌やりをするMASA氏
仕事が多忙だったため数年間ペット飼育から遠ざかっていたMASA氏だが、アクアハウスプロジェクト発足と同時に自身の趣味も復活。モデルルームで実践している。熱帯魚以外にもカメや昆虫の飼育を温室を置き楽しんでいる

 MASA氏の「アクアハウスプロジェクト」の究極の目標は、「アクアハウスを起点にしたアクアリストのコミュニティ(ヴィレッジ)をつくる」こと。その目標に向かって、東上線「上福岡」駅・「鶴瀬」駅周辺でアクアハウスを増やしていく方針だ。

 すでに、鶴瀬エリアで1棟(戸建て住宅)、上福岡駅エリアで1棟(タウンハウス2戸)のアクアハウス建設の準備を進めている。前者は、屋上に太陽光発電パネルを設置、入居者の電気代の一部を賄えるようにする。熱帯魚の飼育では、ウォーターポンプやヒーターを24時間365日稼働させなくてはならず、その電気代は月額数万円に達することもあるため、太陽光発電による電気代の補助は大きなメリットとなる。万が一停電となった場合でも、太陽が出ていればヒーターやウォーターポンプを稼働させることができ、大事な「家族」を守ることにもつながる。
 両物件ともアクアルームの土間は専門の工事業者が施工する予定で、耐荷重も水平も十分なスペックとなる。さらに、今後は共用スペースとしてアクアリウムを持つシェアハウスも用意する方針だ。「自宅にアクアリウムを作れない人でもセカンドハウスとして使ってもらえば。狭いエリアにアクアハウスをたくさん作ることでコミュニティができれば、旅行の間ペットの面倒をみてもらったり、飼育について相談することもできるはず」(同氏)。

 アクアハウスの開発過程をSNS等で積極的にプロモーションしてきたことで、「空室が出たら入居したい」という空き待ちも出ており、MASA氏は自信を深めている。「思う存分アクアリウムを楽しんでもらい、喜んでもらえれば、オーナー冥利に尽きます。設備投資に多少はかかりますが、周囲に仲間がいれば長く住んでもらえる。不安は全くありません」(同氏)

◆      ◆   ◆

 MASA氏によると、東日本大震災以後、水槽の転倒や停電・断水というリスクが顕在化し、アクアリウム市場は縮小の一途をたどっているのだという。同氏は「アクアハウスプロジェクト」を通じ、アクアリストが快適にペットを飼える環境を提供することで、アクアリウム市場の活性化も促したいと願っている。入居者が楽しみ、オーナーも楽しみ、賃貸業界とアクアリウム業界の活性化につながる「四方一両得」のプロジェクトの今後が楽しみだ。(J)

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