記者の目 / 仲介・管理

2021/2/22

9つの「趣味人」が集う

賃貸住宅オーナーの取り組みを探る Part.20

 「ハード」に依存する趣味を持つユーザーが思う存分趣味を楽しめる住まいを手に入れるには、自分で家を建てる(買う)しかないというのが、これまでの常識だった。ここ数年、ようやく特定の趣味を楽しめる仕様を持つ賃貸住宅が少しずつではあるが増えてきた。今回紹介する賃貸住宅「ガルガンチュア」(千葉県柏市)は、9戸それぞれが「趣味」に対応した仕様を備えるという「趣味人」の館。そこには、オーナーの並々ならぬ思いが注ぎ込まれている。

オーナーO氏渾身の賃貸住宅「ガルガンチュア」

オーナー業承継から3年、初の新築物件にチャレンジ

 賃貸オーナーのO氏は50代。医療機器の販売や自動車整備の仕事を経て、3年前に義父から賃貸オーナーの仕事を引き継いだ。義父はもともと柏市豊四季一帯に根を張る農家で、数十年にわたり休耕地に賃貸アパートを建て続けてきた。その数7棟53室。オーナー業を引き継いだO氏は、老朽化が進み空室が増えていたこともあり、独学で賃貸経営を勉強し、退去が発生するたびにファミリー向け間取りを広めワンルームにするなどの大掛かりなリノベーションや、外壁の全塗装など、競争力維持のため手を打ってきた。

 そうして賃貸オーナーとしてのノウハウを独学で積み上げてきたO氏は、O家に残されていた最後の空き地(農地)で、自身初となるアパート新築を計画する。建設地は、東武アーバンパークライン(野田線)「豊四季(とよしき)」駅徒歩13分。豊四季は、隣駅の柏駅(常磐線)、流山おおたかの森駅(TX)経由で東京都心へのアクセスも良いが、やはり両駅沿線よりは人気が劣る。また、他のまち同様、ありきたりの2DKや3DKといったファミリー向けアパートは飽和状態。そこでO氏は、「流山おおたかの森周辺では、100平方メートル超の賃貸マンションや戸建賃貸が人気で品薄状態」である点に着目。豊四季エリアでもまったく競合のない、80~110平方メートルの広さの賃貸住宅を構想。戸建賃貸はメンテナンス手間を考え見送り、メゾネットタイプとすることを決めた。

 さらに、自身が機械いじりが好きなことから、入居者専用ガレージを持つガレージハウスを構想、ハウスメーカー9社に商品企画提案を依頼した。すると、その中の1社が、線路に近い住戸の騒音対策として「防音室」付きとするプランを提示してきた。これに興味を惹かれたO氏は「どうせなら、9戸すべてを異なった“趣味”が楽しめる仕様にしたら面白いのでは」と決意。各住戸が1階を趣味の専用スペース、2階を居住スペースとする唯一無二の賃貸住宅が完成した。

 ちなみに、物件名の「ガルガンチュア」とは、オーナーが大好きなSF映画「インターステラー」に出てくるブラックホールの名前。「(ブラックホールは)一度入ったら二度と出られない」、つまり「満室御礼」を祈願したオーナーの洒落である。

入居者一人のために数百万円を注ぎ込む

 ここからは、各住戸の「趣味」に関する仕様を駆け足で紹介していく。各居室には、その特徴によってルーム名がつけられている。

開口幅5,800mmという大型ガレージ
家の中から車を眺められる
外からの視線を遮りつつ通風・採光を確保するため、コストの高い滑り出し窓を使っている

 居住者用駐車場に面する「オートモービル」(1LDK・専有面積109平方メートル)と「モーターサイクル」(1LDK・87平方メートル)は、それぞれが42平方メートル、24平方メートルの電動シャッター付き専用ガレージを持つ。前者はハイルーフの大型車含め2台、後者は自家用車と大型バイクが収容できる。前者のガレージは間口5,800mmを確保するため、シャッター上の梁を二重にした。どちらも、住戸内から車が眺められる窓が付き、専用玄関からガレージにアクセスできる。

衝撃が伝わらないようクッションフロアとした床。大型の鏡張りのフィットネスルーム
更衣室として使うことを意識したウォークインクローゼット

 「フィットネス」(2LDK・110平方メートル)は、壁面一杯のガラスミラーを持つ約10畳のフィットネスルーム。通常の土間に脚を立て、汗に強いクッションフロアを敷いている。部屋の横には更衣室として使えるウォークインクローゼットがあり、そこから洗面所・浴室へもアクセスできる。玄関から居室を介さずフィットネスルームへアクセスでき、趣味の延長でスクール等を開くユーザーにも対応する(使用細則で少人数であれば、住戸内での営業を認めている)。

普通に買えば数百万円というゴルフシミュレーターが供えられている。天井も高く、ドライバーでも問題なくスイングできる

 「ゴルフ」(2LDK・80平方メートル)は、ゴルフシミュレーターを置く12畳の専用ルーム。床を下げ天井高2,800mmを確保し、室内でドライバーも練習できる。

壁面にボルダリングホールドを設置
スケルトン階段で吹き抜けの開放感をアピール
マットやグローブなどの専用器具を使うこと、1年1回のメンテナンスを行なうことを条件に本格的なボルダリングが楽しめる

 「クライミング」(2LDK・103平方メートル)は、リビングの吹き抜け壁面一杯(高さ約4m)に、専門業者がボルダリングホールドを設置。年1回のメンテナンス、マットやシューズなど専用器具の使用を遵守することで、いつでもボルタリングを楽しめるようにしている。

外からそのまま自転車を持ち込み、壁に掛けられる

 「バイシクル」(1LDK・90平方メートル)は、自転車を壁面に吊るすホルダー付きの土間(9畳)を設置した。

作陶が趣味のユーザーを想定。作製した陶器を乾燥させる「ムロ」となる棚を設置。電気窯が使えるよう専用電源を引き込んである
DIYルームには玄関から別動線でアプローチできるため陶芸教室等も開くことが可能

 「ワークショップ」は、陶芸等のDIYを楽しむための専用ルーム(8.5畳)を設置。陶器を乾燥させるための「ムロ」を想定した棚や、電気釜に対応した大容量電源を設置した。

リビングの天井一杯まで設けられた書棚
2階のロビーには読書のためのデスクスペース
ロビーにも特大の書棚
オーナー肝いりのパススルーパントリー。玄関から荷物を入れるとそのままキッチンから取り出せる

 「ライブラリー」(1LDK・80平方メートル)は、読書趣味の人向け。1階リビング中央、スケルトン階段に沿って天井高いっぱいの書棚を設置。2階にも壁面書棚と家族そろって読書ができる長さ約3mの書斎カウンターを設けた。この住戸だけにある面白い工夫が「パススルーパントリー」。「玄関とキッチンが隣り合うことが分かったので、必ず導入しようと考えていた」というO氏肝いりの設備は、パンドリーにキッチン側と玄関側の2つの扉を付け、玄関から直接パントリーに食材等を収納できるようにした。重たい買い物袋を手に、キッチンまで回り込まなくて済むスグレモノだ。

防音室は、通常の室内にもう一つ部屋が収まる二重構造。扉・床・天井・窓すべてが二重だ
隣あう部屋や住戸との間を収納や水回りとすることで音の伝わりを防ぐ
壁は吸音性のある有孔ボード。座って演奏が楽しめるベンチ付き

 最後は、防音室付きの「サウンドプルーフ」(2LDK・90平方メートル)。防音室は広さ約12畳。壁、床、天井、サッシすべてが二重で、グランドピアノに対応した床を持つ。さらに、隣戸との間はクローゼットや水回りを挟んであり、95㏈(ピアニストの演奏音)の音を出しても、隣戸ではほぼ聞こえない事を確認済み。ただし、床からの振動を消しきれないドラムの演奏は禁止。住民トラブルを防ぐため、演奏は21時までとルール化した。

 「趣味」の仕様にかけたコストは、部屋によっては数百万円に達する。もちろん、そのプレミアムはある程度は賃料(月額17万~23万5,000円)に反映されてはいるが、部屋ごとの坪賃料に極端な差はなく、広さや方角、開口部の数といった一般的な要素で決められている。むしろ、耐震、断熱等の住宅性能等級はトップレベル。リビングは最低13畳以上と広く、収納や棚板類も数多く設置。トイレは2か所、宅配ロッカー・防犯カメラ・Wi-Fiなどの付帯設備も充実するなど、住宅そのものの質が高いことを考えれば、賃料設定はむしろリーズナブルだ。

 同物件は、20年11月の竣工に合わせ入居者募集を開始。21年2月末現在で4戸(オートモービル、バイシクル、ゴルフ、クライミング)が入居済み。オンリーワンの商品企画に惹かれ、豊四季エリア外からの反響も多く、すべての入居者は「賃料の事を一切話題にせず申し込んでくれた」(同)。「いずれは、趣味に凝る者同士、入居者のコミュニティができるといいですね」(同)と抱負を語る。

物件づくりから入居者対応まで溢れる熱意

「防音効果を体感してください」と、実際に爆音を出してくれたオーナーのO氏

 この物件は「趣味」を存分に楽しめるハードもすごいが、それ以上にすごいのが、オーナーO氏の注ぎ込んだ「熱意」だ。

 防音室のニーズを探るため楽器店に飛び込む。ボルタリングや防音室の施工業者は自ら探してきた。ゴルフシミュレーターの部屋は、入居者が決まるまで毎日体験。防音室は実際に音を出して検証、結果は動画で配信。ハウスメーカーの若いデザイナーには「ありきたりではない提案をしてみてくれ」と激励する一方で、入居者をイメージしながら、建具やフローリング、クロス、コンセントの仕様やデザイン、明かり取りや通風のための窓の配置や大きさ等は自分で指示。分譲用の部材を取り寄せ施工するなど、その実現のための手間とコストも一切惜しまない。

 ユーザー対応も決して管理会社任せにはしない。入居希望者に自ら応対して、物件に注いだ想いを伝えている。入居者からの問い合わせ(サービスリクエスト)も、O氏自ら受けて対応する。

 今回紹介した物件をはじめ、O氏の賃貸経営のスタンスは、利回り重視の投資家目線ではなく、「入居者に喜んで住んでもらい、長く暮らしてほしい」というテナントリテンション重視の入居者目線であり、それこそは賃貸オーナーが本来志すべきものではないかと、改めて感じた。(J)

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2024/3/7

「海外トピックス」を更新しました。

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