
懐かしい「村社会」にメキシコで出会った。
先住民が多く住む村では何千年も昔から続く習慣がいまだに残っており、それがコミュニティを維持する要素となっている。先日訪れたワハカ州では、北西に先住民のミシュテック・インディアン、西にザポテック・インディアンが独特の民族衣装 (HUIPILES) をまとって彼らの伝統を守りつつコミュニティを作って棲み分けていた。
そこではお年寄りから子供達まで役割分担がなされ、各自責任を果たす。村全体がひとつの大家族として、結婚や葬儀や祭りなど全員が協力し合うが、力を合わせなければ厳しい社会情勢や気候の変化に対応して村全体が生き延びてこられなかったからである。
若夫婦の新居は村人が総出で
例えば結婚したての若夫婦は、新婚当時は夫家族の家に数年同居する。花嫁はお姑さんから夫の家の習慣を学ぶ。数年後に独立するが、その際、村の若い衆全員が新居建設に協力。森で木を切り出しロッグキャビンを作り、セメントをこね、竃を設置し、簡素ながら完成。若夫婦はその「借り」を同様な場合に奉仕して返す。
また、子供は村の建物の掃除や道路工事などに出仕して、週に1度無料で働く。成長するに従ってランクが上がり市議会のメンバーや村長になることも。
村は何百年も独立した自治体を構成してきたのである。

台所と庭は広い
丸太を組み合わせたロッグキャビン…というより掘っ立て小屋が何棟か…、台所と庭は広い。かまどが土間にいくつか並び、沢山の土鍋や薪やトウモロコシが戸外に置いてあり、大勢で仕事を分担している様子がうかがわれる。
石で出来たひとかかえもある台はトルティーヤを練る時に使うものだ。別の村では収穫したばかりの藍草を石台の上で細かく切り、輪状に巻いた綿糸にこすりつけて藍染しているのを見かけた。それは壁画で見たアズテックのイメージそのものであった。
石のすり鉢とすりこぎもどこの家の台所でも見受けられたが、これは伝統的なメキシコ料理になくてはならぬ道具である。


ワハカは香辛料・食材が豊富
メキシコ料理は沢山の種類のチリ(唐辛子)やスパイス(クローブ、シナモン、オレガノ、ターメリック、クミン、コリアンダー)、ハーブ(シラントロ、にんにく、アボカドの葉、ミント)、ナッツ(胡麻、アーモンド、ピーナッツ、ピカン)などを使い分けて奥深い味わいを作り出す。ワハカ州では沢山の食材に加えてココア豆も豊富に採れるため、スペイン軍に侵略される以前から料理に使われてきている。
多彩なモレソースが有名で、肉や野菜にソースをかけたりからめてトルティーヤでくるんだり多用するが、特に黒褐色のネグロモレソースは20種以上のスパイス、ハーブ、ナッツ、それにチョコレート、つまりココア豆を使うのが特徴である。
石のすり鉢で時間をかけてスパイスづくり
ワハカ州各地の村ではいまだに石で出来たすり鉢にスパイスやハーブを入れてすりこぎですりつぶす。アメリカではブレンダーでココア豆やスパイスを挽いてしまうが、機械で挽き切るのとすりこぎを使って手ですりつぶすのでは出来上がった味は大違い。
ずっと昔、祖母がごまを大きなすり鉢ですってほうれん草の胡麻よごしを作っていたが、時間をかけるにつれてゴマはねっとりとして香りが出てくる。筆者は忍耐がなくブレンターを使ってしまうが、祖母の胡麻よごしの味や香りには到底足元にも及ばない。

庭に寄り集まってそれぞれの作業
広い庭は幼児だけでなくニワトリや鵞鳥がはねまわり、近所の犬がうろつく。
マンゴーの木の傍で若い女性がいざりばたで布を織っている。ござの上で摘んだ綿の実をより分けたり糸を紡ぐのは近所に住む姉妹や叔母さん達だ。若い女性はお年寄りの熟練した技術を尊敬している様子。石のすり鉢とすりこぎで夕食のために気長にシナモンをすりつぶすお年寄り。薪を運ぶおじいさん…。誰もがゆったりしたペースである。
夏には木陰で皆がござを広げて昼寝をすると聞いた。この光景は公園のベンチにぽつねんとひがな座っている金銭的には豊かでも孤独で寂しいアメリカのお年寄りの姿を思い出させた。




肥沃な地域が欧米農法で干からびた土地に
しかし決して明るい面ばかりではない。ワハカ州は貧乏だ。とりわけ先住民が住む村々はさらに貧困が広がっている。
遥か昔、ワハカ州は最も肥沃な土地であった。シェラマドレ山脈や盆地、河川が入り組んだ複雑な地形、熱帯雨林から温暖な地域、乾燥した砂漠や海岸などバラエティに富んだ気候はあらゆる種類の野菜や香料の産出を可能にした。
先住民達は昔ながらの農法で山襞を利用、巧みに耕作してきたが、1521年以降、スペイン軍のワハカ侵略によって、土地はスペインの軍隊や宣教師達の牧場や家屋に調達され、無理な灌漑やヨーロッパ式の耕作が続いたためにやがて土地は干からびてしまった。
今、先住民はコミュニティを作って防御につとめているが、経済的に支えきれず、メキシコシティやアメリカに出稼ぎに出かける村人が増えてきた。何処までコミュニティを維持出来るか、誰にも予想がつかない。
参考資料
Mindling, Eric Sebastian. Oaxaca Stories in Cloth. Colorado, USA., Thrums
Books. 2016.
Penland, Paige R. Oaxaca. NewYork, NY.: The Countryman Press, 2009.
Kennedy, Diana. My Mexico. NewYork, NY.: Clarkson N. Potter, Inc, 1998.
Martines. Zarela. The Food and Life of Oaxaca. NewYork, NY.: Macmillan
Company, 1997.
Akemi Cohn
jackemi@rcn.com
www.akemistudio.com
www.akeminakanocohn.blogspot.com

コーン 明美
横浜生まれ。多摩美術大学デザイン学科卒業。1985年米国へ留学。ルイス・アンド・クラーク・カレッジで美術史・比較文化社会学を学ぶ。
89年クランブルック・アカデミー・オブ・アート(ミシガン州)にてファイバーアート修士課程修了。
Evanston Art Center専任講師およびアーティストとして活躍中。日米で展覧会や受注制作を行なっている。
アメリカの大衆文化と移民問題に特に関心が深い。音楽家の夫と共にシカゴなどでアパート経営もしている。
シカゴ市在住。