海外トピックス

2021/9/1

vol.384 サステナブルを徹底した水上ヴィラ集落【オランダ】

対岸から見るアムステルダムの水上集落「Schoonschip」

 「サステナブル」や「SDGs」という環境問題に関する言葉は、私たちの耳にもすっかり馴染んできました。エコバックを持ち歩いたり、ご自身の生活の中でサステナビリティを意識されている方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 こちら欧州オランダには、“生活そのもの”をサステナブルなスタイルに移行させた人々が存在します。しかもそれは、なんと水の上で行なわれているのです! 今回は、世界が注目するサステナブルな水上集落について紹介します。

◆オランダ人が憧れる水上生活

アムステルダムの運河に係留するハウスボートたち

 オランダはもともと、運河とともに発展してきた国でもあります。かつては輸送、治水、都市防衛などに使用されてきた運河ですが、現代では娯楽や社交の場に進化してきました。コロナ禍以前は、国王の誕生日などお祝い事があると人々がこぞってボートで運河に繰り出していました(2020年、21年ともに祝祭は中止)。友人とボートの上で語り合うのもオランダ人らしい休日の過ごし方です。そんなオランダ人にとって「水上での生活」は、まさに憧れのライフスタイル。

 アムステルダムの運河には、「ハウスボート」(オランダ語ではwoonboot)という居住用ボートが停泊しているエリアがあります。このハウスボートとオランダ人の付き合いは長く、1652年のアムステルダム市議会の記録を辿ると、何とこの頃からすでにハウスボートは運河に係留していたことが推測できるのだとか。

 けれど、ハウスボートは好き勝手に運河に停めているわけではありません。係留できる場所は自治体が厳密に決めていて、ボートの持ち主は自治体に正規の住所(係留する場所)を登録する必要も。そうすれば電気や上下水道も引けるので、インフラに関しては地上と遜色ない生活が送れるのです。正規の家として認められているので、郵便物もきちんと配達してくれます。

 そんなハウスボートですが、今では運河における係留場所はすでに定員に達してしまっているのだとか。新規の係留許可が政府から降りなくなってしまったため、現存するハウスボートを売買や賃貸で回さなくてはいけないのです。しかも、実はメンテナンス費や税金含む諸経費もかなりかかります。人気ぶりと維持費の高騰で、今やステータス物件になってしまいました。

ハウスボートを係留できる場所は自治体によって厳密に決められている

◆水上の豪邸集落が誕生

アムステルダム北部、工業地帯内の運河にある水上集落「Schoonschip」

 そんな中、2019年5月に新たな水上集落が現れ、オランダ国内で話題に。さまざまなスタートアップ企業がひしめくアムステルダム北部の工業地帯内の運河に、新規で水上居住区がオープンしたのです。46世帯・約100名が住めるその居住区は、「Schoonschip」(クリーンな船)と名付けられています。

 マンションなどが立ち並ぶ新興エリアの運河に突然現れる水上の集落は、オランダでも全く新しい光景です。

 通常のハウスボートは平屋ですが、この水上の豪邸たちの大半は2階建て。地下フロアがある家もあるそうです。住人は、この水上集落の家を「ヴィラ」とも呼んでいます。

杭で家の漂流を防止している
ウッドデッキで家同士も行き来できる

 ちなみにこのヴィラたちは、それぞれが建設会社の倉庫のような場所で組み上げられ、その後にこの場所まで船でけん引されてきました。家の数ヵ所を杭に固定して、漂流を防いでいます。そしてハウスボート同士も、設置されたウッドデッキ経由で行き来できるような設計になっているのです。デッキを歩いていると、左右の豪華な家が水上に浮いているのを忘れてしまいそうにもなります。

 ヴィラたちが船でけん引され、どのようにこの場所に収められたのか分かる動画があります。とても面白いので、ぜひコチラをご覧になってみてください。

◆サステナブルな水上の実験集落

屋根に植物を植えたり、屋上テラスで鉢植えを育てている
屋上のみならず、壁面緑化に取り組む住民も

 実はこの「Schoonschip」は、環境問題にも真剣に向き合っています。まず、この集落のヴィラは、屋根の3分の1以上を緑化させないといけないというルールがあるのです。中には、屋根のみならず、壁面緑化に取り組むヴィラも。環境だけではなく、見る人の目にも優しいデザインです。

 そしてヴィラに横付けするように、浮桟橋(ポンツーン)様式のテラスを設ける人々もいます。ここにも植物を配し、緑化に余念がありません。ちなみに、ヴィラから出る排水は浄化槽で浄化され、こういった植物の育成に使用されます。無駄が出ないよう計算されているのが伺えます。

浮桟橋のようなテラスでも緑化に努める

 室温調節に関して言うと、オランダをはじめとした欧州の比較的北部に位置する国では、一般家庭へのエアコンの普及率は非常に低いです。その代わり、暖房は温水を利用したセントラルヒーティングという暖房システムが広く普及しています。
 このSchoonschipでもセントラルヒーティングを暖房として導入しているのですが、温水用の熱源として運河の熱を利用しているようです。アクアサーマル・ヒートポンプ(Aquathermal heat pump)と呼ばれるこのシステムによって、運河の熱を抽出し加熱した水をヴィラの室内に循環させるのです。まさにエネルギーの地産地消と言えるのではないでしょうか。

◆発電とご近所づきあいにブロックチェーン技術を

ソーラーパネルとグリーンが共存する屋根

 さらに発電はソーラーパネルによる太陽光発電が主な発電方法になるのですが、なんとその電気を近隣同士で融通し合うこともできるようです。しかも無料で譲り合うのではなく、ブロックチェーン技術を用いた「Jouliette」という地域仮想通貨を介して行なわれるのだそう。この仮想通貨を導入しているカフェなどもアムステルダムには存在するので、自宅のソーラーパネルが作る電気でビールを楽しむということも可能なのです。なんて未来型なんでしょう!

電力取引で得た地域仮想通過を使って乾杯もできる<写真はイメージ>

◆住民たちが作り上げたコミュニティ

地上の家と遜色ない水上ヴィラたち

 驚くのは、この「Schoonschip」は、現在の住人たちがアイディアを出し合って作り上げた集落なのだということ。住人たち自身の手でプロジェクトを発足させ、11年かけてゼロから理想的な環境を作り上げたのだとか。

 このサステナブルな水上集落は、オープン直後からオランダ国内で注目を集め、有力紙「Trouw」が選ぶ「サステナブルな100のこと」に19年と20年に2年連続でランクインしました(45位と16位)。21年の結果は記事執筆時には出ていませんが、3年連続ランクインも夢ではないはず。そのほかにも、環境関連のさまざまな賞へノミネートや入賞を果たしています。

 そういった受賞も後押しし、「Schoonschip」には「こういう環境負荷の低い家に住みたい」「同じような水上居住区を作りたい」と考える世界中の人たちから問い合わせが殺到しました。
 それに応えるように、彼らのこの歴史やコミュニティの仕組みは、「GREENPRINT」というホームページ経由で公開されています。そのうち第二、第三のサステナブルな水上集落がオープンするかもしれませんね。そしてオランダだけではなく、世界中に広がるのも夢ではないかもしれません。

オランダ人憧れの水上生活をサステナブルに展開している

倉田直子
オランダ在住ライター/タイニーハウス・ウォッチャー。リビア(革命から脱出)、英国スコットランドでの生活を経て、2015年よりオランダ在住。主な執筆ジャンルは、オランダの教育・子育て事情、タイニーハウスを中心とした建築関係など。著書「日本人家族が体験した、オランダの小学校での2年間」は、2019年度の東京大学教育学部附属中等教育校の入学試験に採用された。「海外書き人クラブ」所属。

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お知らせ

2024/3/7

「海外トピックス」を更新しました。

飲食店の食べ残しがSC内の工場で肥料に!【マレーシア】」配信しました。

マレーシアの、持続可能な未来に向けた取り組みを紹介。同国では、新しくビルを建設したり、土地開発をする際には環境に配慮した建築計画が求められます。一方で、既存のショッピングセンターの中でも、太陽光発電やリサイクルセンターを設置し食品ロスの削減や肥料の再生などに注力する取り組みが見られます。今回は、「ワンウタマショッピングセンター」の例を見ていきましょう。