コロナ禍で働き方改革が加速したこと等によりオフィスニーズが多様化。それに対応する形で、ホテル等、従来は仕事場ではなかったスペースをテレワークスペースとして提供する、郊外型商業施設に職住近接のサテライトオフィスを設置するなど、各社からさまざまな提案が登場している。そんな中、(株)竹中工務店とグッドルーム(株)は、協働して登録有形文化財である歴史的建造物をシェアオフィス空間として再生。 “わざわざ足を運ぶ価値のある空間”として、歴史ある建物でのワークスタイルを提案する。
◆建物の風合いを再現しながら快適性も確保
歴史的建造物を“魅力的なオフィス”として提案するためには、建物の持つ歴史的風合いと、現代に通用する快適性・安全性を両立させることが必要となる。
今回再生した「堀ビル」は、築89年。外観のテラコッタのスクラッチタイルが特長的な地域のランドマーク的存在のビルだが、経年劣化による剥落防止のためにかけられていたネットが、その美観を損ねていた。そこで、まず、ドローンやAIを用いてタイルや装飾に用いられている石の状態の調査を行ない、ピンで固定し剥落防止処置を施すことで安全性を確保。ネックとなっていたネットを取り除けるようにした。合わせて、1階のショーウィンドウの内側につくられていた目隠しの壁を撤去し、窓のデザインが引き立つようにもした。
同ビルは、従前、鍵や錠前などの建築金物の製造販売を手掛ける商店のオフィス兼住居として用いられていた。そうした間取等を生かし、地下1階をミーティングルームとオフィス、およびソロワークスペース(予定)に。1階には交流の場となるラウンジ・カフェを設置。2~5階はオフィススペースとし、2・3名用~10名用まで全20室の個室(面積12.46~55.83平方メートル)を設けた。屋上にはテラスも設置している。
事前に耐震診断を行なったところ、一定方向の地震力に弱いことが判明していたことから、1階を耐震補強。モダンな雰囲気を阻害しない蝶々形のブロックを積み上げる工法を採用し、意匠に影響のない場所に耐震壁を設けた。
ビル内部の意匠についても、レトロ感のある木のドアや階段の手すりなど、オーナーがこだわりをもってコストをかけてつくった建具や設備、意匠はなるべく残すように配慮。必要な場合は、経年の風合いを再現する方向で改修や再塗装を施した。一方、前述の1階の窓の目隠し壁のように、これまでの約90年の間に改修・改築を重ねてきた箇所は、オリジナルの設計や意匠に戻すようにした。
快適性の確保のため、全室の空調・電気設備を刷新し、コロナ禍で換気設備も新設。そうした際も、外壁等の意匠をなるべく損ねない方法を検討。大通り側に位置する居室の空調・電気の配管配線については、廊下天井をルートとして計画し、廊下の壁面に使われていた金属パネル等を天井の意匠に再利用するなど、設備が露出しない工夫を採り入れた。
◆昭和初期の建物で、新時代の技術・サービス開発を
スタートアップの集積に力を入れる港区、再開発が進む新橋というエリア特性に合わせ、経年の歴史を訴求するビルでありながら、建築・空間に特化した新しい技術・サービス開発を打ち出すオープンイノベーション施設とすることに。元オーナー家族の住居兼用で、伝統的町屋の要素を持つ和室など、より細部にこだわりをもってつくられていた4階を、大手企業とベンチャーをつなぐ共創空間としてリノベ―ションした。
今後は、ベンチャー企業の参加を促しながら、竹中工務店も自ら入居し、人流データの計測等、さまざまな最新技術を取り入れた実証実験も行なっていく予定だという。(※なお、同ビルは、竹中工務店の歴史的建築物の保存再生を手掛ける「レガシー活用事業」としても位置づけられている。レガシー活用事業については『月刊不動産流通2021年5月号(ここに注目)』で取材)。
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築約90年の歴史ある建物から、オープンイノベーションで最新の技術・サービスが生まれれば、話題性もある。そうしたことも狙いの一つか。実際に内覧してみて、装飾性の高い金属パネルに木の扉、階段の手すり等々、西洋の要素と、伝統的町屋風の和の要素が融合したレトロな設えに魅力を感じる層は確実にいるだろうと感じた。興味深いオフィスリノベ事例として、また歴史的建造物の先進的な活用例としても、同ビルの今後に期待したい(meo)