記者の目 / 仲介・管理

2021/10/7

沿線の“地域愛”を醸成する

「まちまちストーリーズ」第1巻(左)、第2巻(右)

 少子高齢化や人口減少が進むなか、鉄道系各社では、沿線エリアで暮らす顧客の“囲い込み”戦略として、まちの魅力を発信し、地域へより愛着を持ってもらうことが重要となってくる。
 小田急グループの総合不動産会社として、不動産開発、不動産賃貸業、仲介事業等を手掛ける小田急不動産(株)では、小田急線沿線の“地域愛”の醸成を目的に、冊子形式の広告「まちまちストーリーズ」を展開。各仲介店舗の営業社員がまちや顧客と触れ合う中で感じた“ドラマ”をフィクションの物語に仕立て、独自性を出した。プロジェクト立ち上げの経緯や想いなどを、制作を推進した山尾正尭氏(仲介事業本部仲介営業部営業企画グループ サブリーダー)に伺った。

売買仲介時の“ドラマ”を描く

プロジェクトを推進した、仲介事業本部仲介営業部営業企画グループ サブリーダー・山尾正尭氏

 「小田急線沿線を選び続けてもらうには、どうすれば良いか」、という課題認識から、社内でプロジェクトチームを立ち上げたのは2019年暮れのこと。同社管理部門や役員、各店舗の営業担当など約20人が集まり、今後のブランディング戦略について議論を交わす場だ。先ず定めたのは、理念であった。
 「当社は沿線エリアで売買仲介を展開していますが、お客さまの相談内容は一次取得から住み替え、相続などとまさに多様です。その裏には、十人十色の“ドラマ”が詰まっていることに改めて気付きました」(山尾氏)。そこで出てきた言葉が、「このまちを愛し、ここにしかない人生の景色を描く」。「小田急沿線のことなら、小田急不動産が一番熱く語れる、という自負があります。仲介を通して、お客さまや、そのまちにしかないドラマを描いていく。そういった想いを込め、ミッションを策定しました」(同氏)。

 このミッションを外部にどのように発信し、自社のブランディングにつなげるか? それが次の課題であった。広告会社も交え議論を重ね、沿線住民がまちを語るファンブックなど、さまざまな案が上がるも、「独自性に欠ける」、ということで決めかねていた。そこで着目したのが、ミッションの基ともなった数々の顧客の“ドラマ”。「営業社員がまちを歩き、お客さまと接する中で感じたドラマを抽出して言語化すれば、他社と差別化した広告ができるのでは、と思い立ちました」(同氏)。

 そして次第に、まちごとにフィクションの物語を仕立て、冊子としてまとめる、「まちまちストーリーズ」の案が固まっていった。

こだわりは、まちの“あるある”

 「とにかく試行錯誤だった」、と当時の苦労を振り返る山尾氏。制作に当たって、まずは冊子で取り上げる地域を吟味。結果、第1巻は、乗降客数や人口が多い主要駅を中心に、6つのエリアをピックアップすることにした。そして、各地域の仲介店舗の営業社員から、顧客との取引の中で印象的だった出来事などをヒアリング。不動産の観点から見たまちの特徴や、まちで暮らす人のリアルなエピソードを基に、ライターがまちごとに物語を執筆。沿線住民にもレビューしてもらい、さらに物語に肉付けしていった。

第1巻、「経堂」のトビラページ。トビラには、まちを象徴するモノや風景を挿絵として入れた。冊子のサイズは手のひら大とし、地域の店舗等でも置いてもらいやすいようにしている

 こだわったのは、まちの“あるある”だ。「そのまちに長く暮らしている人が読んで、『分かる!』、と共感してもらえる内容を目指しました」(同氏)。例えば、第1巻に収められた「経堂」のエピソードでは、同郷の彼氏より一足先に上京した若い女性が主人公だ。二人での生活を考え、新たに経堂で住まいを借りることにした。まちの飲食店を訪れ、出会った人と言葉を交わし、二人での新生活に想いを馳せる。「街というものに心があるとしたら、この街は人を受け入れるオープンな心がある」、と主人公は言う。物語の冒頭では、「きょうどう」という難読地名に触れた箇所もあるなど、読者が共感して、ニヤリとできる要素も盛り込んだ。

予期せぬコロナ禍。発刊に迷い

 ついに冊子が完成し、あとは配布するのみとなった20年春。予期せぬ事態が起きた。未曽有のコロナ禍で、緊急事態宣言が発令。皆が自粛を余儀なくされたのだ。「描いていたのは、当然コロナ禍以前の活気あるまちのシーン。リアルとの乖離が発生した中で、刊行物として意味を持つか、という迷いが生じました」(同氏)。数ヵ月間熟慮した末、「読者が以前のまちの風景を思い出せるように」という想いを込めて、発刊する方針に変更、20年8月に第1巻をリリースした。

「まちまちストーリーズ」のホームページも開設(画像はトップ)
「まちまちストーリーズ」サイト内でも、冊子に収められた物語を読むことができる

 同社と取引した顧客の会員組織「I eto(アイエト)」の会員約2万人に、冊子を配布。加えて1万部ほどは、各地域の仲介店舗のほか、制作時に取材したFC町田ゼルビアのクラブハウスや、「BLUE多摩川」(東京都狛江市)などの施設内、地元商店街に置き、多くの人が手に取れるようにした。

 読者からは、「活気のあるまちの風景を思い出し、元気づけられた」「地域の魅力を再発見できた!」「克明なまちの描写に鳥肌が立った」、など好評な声が続々と届いたという。コロナ禍という予期せぬ事態もあったが、「勇気を出して刊行して良かった」、と山尾氏は振り返る。好評を受け、さっそく第2巻の制作にも着手し、数ヵ月の制作期間を経て、今年春に発刊。第1巻と異なり、乗降客数や人口が少ない、やや“マイナー”な駅をピックアップした。こちらも沿線住民を中心に高く評価されているようだ。

コロナ禍を受け、地域の店舗を応援しようと「まちまちムービー」も展開。飲食店にインタビューを行ない、ドキュメンタリー映像に仕立てた。「まちまち」専用サイトで視聴できる

さらなる地域愛の醸成へ

 今後も、“恒例企画”という形で発刊を続けていく考えだ。1・2巻では合計12駅(まち)を取り上げたが、小田急線沿線の駅数は70駅以上あるため、まだまだネタは尽きない。「継続的に刊行を続けて、“小田急愛”を醸成していきたい」(同氏)。

 また、「まちまちストーリーズ」の制作時につながりを持った、商店街の店舗などから、「店を取り上げて欲しい」といった声も上がっているという。「お客さまの人生を取材して、キャンペーン的に何かの媒体で取り上げるなど、新たな展開も視野に入れています」(同氏)。

◇◇◇

 第1巻の「藤沢」では、両親が高齢となり藤沢の実家を引き継ぐことになった男性が主人公だ。家族と共に移り住み、サーフィンやバーベキューを楽しみながらまちに溶け込んでいく。山尾氏によると藤沢は、こうしたいわゆる「出戻り」の人が多いらしい。まちの表面的な魅力を紹介する記事や広告は数あれど、地元住民だからこそ知っているような特徴に触れるものはかなり少ないようだ。多くの読者がその内容に共感し、地域への愛着を強くしたのではないだろうか。刊行はまだまだ続く。今後の展開に注目していきたい。(丈)

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