記者の目

2023/7/12

「近隣住民一体型」の分譲地開発(4)

 住民参加によるまちづくり。当初は不動産会社がサポートすることで自治会や管理組合等によるまちづくりがスムーズに運ぶことは多い。しかし、永遠に不動産会社が主導してまちの管理・運営を続けることは現実的ではなく、数年間のサポートののちに住民独自での運営に切り替える必要がある。そのためには何が必要なのか、また、それまで住民を支援してきた不動産会社はどのようなスタンスで住民に接していくべきなのか。かつてポラスグループの中央グリーン開発(株)が、地元自治会と協力して新たな集会所を建設するなど、住民コミュニティを育成した埼玉県越谷市内の分譲地と自治会の「その後」を取材した。

この「パレットコート北越谷フロードヴィレッジ」の造成前から自治会との連携がはじまった

◆集会所整備をきっかけに地元自治会を巻き込む

 この分譲地は「パレットコート北越谷フロードヴィレッジ」(埼玉県越谷市、総戸数64戸)。埼玉県内を流れる元荒川沿い、信用金庫研修所の再開発プロジェクトで、2017年に同社が土地を取得して分譲住宅地を開発した。造成前には既存の研修所建物で既存建物への感謝を示す「棟下式(むねおろしき)」を初めて開催するなど、同社にとっても記念碑的なプロジェクトとなった。

 開発に当たり、越谷市の条例で50区画以上の分譲地を開発する際は、集会所の整備が義務付けられていた。しかし、これは越谷レイクタウンなど新規の大規模住宅地開発を想定したものであり、既存住宅地での大規模開発は想定外。同分譲地においても、近隣に既存の集会所があり利用状況も活発であったことから、同じような集会所ができても存在意義が少ないと考えられた。

 そこで同社では、住民参加型でコミュニティ施設として活用される集会場(自治会館)を整備しようと考えた。地元の出津(でづ)自治会(約750世帯)に声をかけ、「どのような施設が求められているか」を地元住民と共に考えていき、19年に同集会所は「みずべのアトリエ(出津自治会館II)」として竣工した。

 竣工までの経緯は過去の「記者の目」を参照していただきたい。
「近隣住民一体型」の分譲地開発
(1)https://www.re-port.net/article/topics/0000054936/
(2)https://www.re-port.net/article/topics/0000055156/
(3)https://www.re-port.net/article/topics/0000058534/

◆自治会の下部組織が住民コミュニティをけん引

地域交流の中核施設である「みずべのアトリエ」
4周年イベントには100人以上の地域住民が集まった

 23年4月2日、「みずべのアトリエ」の竣工4周年イベントが行なわれた。地元住民が参加し、元荒川でのカヌー体験や大道芸、アルコールを含むドリンク・食べ物の販売などを行ない、盛況となった。

 同イベントは、地域住民有志から希望者を募った地域コミュニティの担い手「まちづくりサポーター」のメンバーが中心となった。まちづくりサポーターは、自治会の下部組織という位置付けで、自治会役員や近隣の大学生、元荒川の自然保護団体など地域住民以外も含めた多様な人材が参加している。18年に発足し、月に1回、「まちづくりサポーター会議」を行なってまちの方向性や現状などについて意見交換しているほか、「みずべのアトリエ」の運営、各種住民イベントの運営を行なっている。

 まちづくりサポーターの代表は、この地域の自治会である出津自治会の会長である石野剛史氏。石野氏はもともと、出津自治会で自治会館運営担当の副会長として、イベント開催や資金確保に知恵を絞っていた。19年にまちづくりサポーターの代表に、22年には自治会長に就任。これまでに、カヌーの団体などと連携してカヌーの体験イベントをみずべのアトリエに隣接した元荒川で行なったり、「ちょい飲み」イベントを開催したりと、活発な活動を続けてきた。

◆新自治会館に外部からも多くの利用者

 みずべのアトリエは、オープン時から週2回の1階フリー開放日を実施。開放日には1日平均20人、2年半で延べ2,300人超が訪れた。サポーターが「日直」として持ち回りで滞在し、来訪者の見守りを行なっており、学生のサポーターが小学生の宿題を見てあげるなど、地域住民と近隣の学生の交流も生まれている。コロナ禍においては開放日の利用は減ったとはいえ、1日当たり平均13人が利用するなど、地域住民の交流拠点としての機能を果たせていたという。

 同施設の2階は、予約で貸し出しており、趣味や習い事、友人との集まりなどに利用されているほか、大学のゼミ発表や埼玉県の研修に使用されたこともある。その貸し出し件数は19年の年間226件から22年は492件と2倍以上に増加。約3分の1が自治会外からの予約となっており、幅広い利用者が集まっていることがうかがえる。

◆自治会が要望、河川敷に階段やカヌー乗り場

 自治会やまちづくりサポーターの活動として特徴的なのは、河川敷の利用だ。同施設の前庭の公園から、元荒川沿いの遊歩道に接続するための階段とスロープを整備しただけではなく、21年3月には河川敷にカヌー乗り場が、22年3月に遊歩道から河川敷に降りる階段が自治体主導で完成した。河川敷や、川沿いの遊歩道は越谷市や埼玉県の管理下にあるため、階段やスロープの設置には、それぞれとの調整が必要となる。これらは、自治会が埼玉県に要望し、河川整備事業の一環として市と県によって整備されたものだ。

 石野氏は行政関係の仕事をしており、行政の整備事業等にアンテナを張りやすい環境にいる。同氏はさらに、まちづくりサポーターとして河川敷の芝刈りを年2~4回、行政から委託事業として実施しており、それがみずべのアトリエの運営費用の一部に充てられるほか、自治会のカヌー購入費にもなっている。

 石野氏は、「みずべのアトリエはフロードヴィレッジの敷地内にあり、イベントに参加してくれる同分譲地の住民も徐々に増えています。しかし、自治会やまちづくりサポーターといった運営側への参加はまだまだ遠慮されているようです」(石野氏)といい、より一層の活動拡大を図りたいという。

河川敷に階段が整備され、小さな子供も安全に川沿いを行き来できるようになった
自治会の要望によってカヌー乗り場も整備された
イベントなどで元荒川を利用したカヌー体験会が行なわれている
元荒川の河川敷の草刈を、出津自治会が受託。委託費を自治会の予算に充当している

◆不動産会社は「きっかけ」づくりと外部からの側面支援

 中央グリーン開発は、みずべのアトリエ竣工以降は直接的な自治会への関与から一歩引き、現在は、同社の住民コミュニティサポート「マチトモ!」の一環でイベントへのドリンク類を差し入れるなど側面支援を実施している。「みずべのアトリエが所在する分譲地の管理会社として当社がかかわっていますが、まちづくりサポーターや自治会からの相談に対応するなどといった間接的な支援は行ないつつ、運営には直接かかわってはいません。ほぼ『手離れ』と言える状態です」(中央グリーン開発CSV推進室・横谷 薫氏)と、自治会と一緒に地域を盛り上げようという立場から、「アドバイザー」のようなポジションに移行している。

◇    ◇  ◇

 こうした活発な住民活動をサポートするために、不動産会社は何をするべきだろうか。中央グリーン開発は、“手離れ”した後も、分譲地の管理組合・自治会のサポートをし、アドバイザーとして支援している。前出の横谷氏は「不動産会社は住民活動の『きっかけ』づくりを行なうことが大事。最初に交流するきっかけをつくり、それが上手くいけば、自然と住民コミュニティが形成される」という。

 ただし、この分譲地周辺で活発な住民活動が行なわれているのは、前の自治会長が基礎をつくり、それを継いだ石野氏が積極的に自治会やまちづくりサポーターをけん引していることがポイントであろう。そうした人物はそこら中にいるわけではない。特に河川敷の階段等の整備は、石野氏が県の事業に「気付けた」側面もあるのではないだろうか。

 不動産会社がこうした住民コミュニティをサポートするにあたっては、交流のきっかけをつくるだけでなく、行政情報をいち早くキャッチし、住民と行政を橋渡しすることも必要になりそうだ。(晋)

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2024/5/1

「海外トピックス」を更新しました。

サントスの「動く博物館」と中心街の再活性化【ブラジル】」を更新しました。

ブラジル・サンパウロ州のサントスでは、旧市街地2.8キロをめぐる「動く博物館」が人気となっている。1971年には一度廃止された路面電車を復活して観光路面電車としたものだが、なんと日本から贈られた車両も活躍しているという。