パリから南東に車でも電車でも小一時間、約80kmのところにモントルーの街がある。通勤圏だが、市街地を抜ければ、肥沃なイル・ド・フランス特有の大耕作地が一気に広がる、自然豊かな場所だ。
そんなモントルーの一角、ラヴァル・アン・ブリー村では、日本をコンセプトにしたエコヴィレッジ「mura(ムラ)」が門戸を開く。総面積は1.2ha。子供向けの乗馬教室をコンバージョンした。中央には19世紀に建てられた母屋があり、その脇をさらさら心地いい音を立てて小川が横切る。近くの湧き水が流れており、その透明度といったらない。
muraは、この春にいよいよ活動をスタート。週末ごとに、摘み草、和菓子作り、草木染め、野菜の収穫、料理教室などを開いており、いずれも大好評だ。
厳しい条件を突破し、憧れのエコライフを実現
オーナーは、日本人女性の丸山真紀さんとその家族。丸山さんは平日はパリで暮らし、家業である丸山海苔店が展開する日本茶専門店「寿月堂パリ店」を切り盛りする。東京で駐在に来ていたフランス人男性と出会い、結婚・出産を経て、2000年代前半、駐在を終えた夫と共にパリへと転居。この時、当時社長であった父から「パリに住むなら寿月堂の支店を開いて日本茶を世界に広めてくれ」との命を受け、08年に暖簾を上げた。
フランス人が日本に興味を持つ大きなきっかけとなったのは、11年の東日本大震災だと丸山さんは言う。「大惨事の渦中にあるのに、日本人のあの静謐さはどこから来るのだろうか。アニメや寿司だけではなく、日本人の奥底にある文化に身を委ねてみたい。そんなフランス人が11年を境にすごく増えましたね」(丸山さん)
そうして経営は順調に行き、多忙な暮らしを送る中で、いつしか丸山さんの中で、田園生活、それも自然を大切に生きる“エコライフ”への憧れが募っていった。コロナ禍による閉塞感がそれを後押しする。とはいえ仕事があるため、遠い山里に移り住むのは難しい。パリから気軽に行き来できる距離でどこか良い場所はないだろうか…。2021年の夏、いつものようにインターネットで物件サイトを見ていると、パリ通勤圏のこの物件が目に留まり、即座に購入を決めた。
丸山さんはここで初めて、田園地域で不動産事業を展開するSAFERの存在を知った。SAFERは、フランスの農業食糧省と経済金融省が行政監督する半官半民の組織で、環境保全を意識しながら農業畜産業およびそれに類する事業を行なう人に、土地・民家を売買している。同物件もSUFERが扱う物件の一つだった。
購入者は、事業を通じて地域を活性化し、自然環境を維持していくことが求められる。例えば、コンクリート製のホテルを建築して営業することなどは、環境破壊につながるため禁止されている。加えて、敷地内には小川が流れるが、公共物となるので過度の使用はできない。しかし、定期的な清掃などは義務付けられる。丸山さんはこれらすべての条件を了承し、誓約書にサイン。自治体や民間の環境団体による厳重な審査を経て、muraプロジェクトは正式に認められた。
丸山さんの個人名義ではなく、不動産購入専門の会社組織(SCI)として物件を購入したほうが税金対策に有利であったことから、子供を含む家族4人でSCIを設立。居抜きで買い上げ、ついにmuraの舞台が手に入った。契約成立後も、SAFERが20年にわたり推移を見守ることになっているが、「土地に関していろいろ質問できるから、むしろありがたい」と、丸山さんは前向きに捉える。
母屋をイベント用にリノベーション
プロジェクトの推進に先立って、クラウドファンディングで寄付を募ると、多くの賛同を得られた。庭の手入れ、イベント会場の整備といった力仕事は、友人たちが嬉々として手伝ってくれた。親族の遺産として相続したが、パリのアパルトマンには大きすぎて入らないから倉庫で長年眠っていたという立派な家具の寄付もあった。皆で手で作り上げていくのも、エコヴィレッジの理念の一つだ。
運営には、丸山さんのほか、3人の日本人女性が関わる。丸山さんより先にフランス中央部で土地を借りて農業を始め、日本野菜を栽培している東海林杏奈(しょうじ・あんな)さん。摘み草や日本の野菜を用いた料理が得意な好村央美(よしむら・てるみ)さん、フランスで生まれ育ち、エンジニアからのツアーガイドに転身した小林ひろみさん。日頃から4人でアイディアを出し合い、さまざまなイベントを企画、開催している。
従前の母屋は、階上の私室部分にトイレおよび浴室、階下にトイレが一つあるのみで、イベントで多くの人を迎え入れるには、使い勝手がよろしくない。そこで、飼い馬をつなぐ土間の餌場部分に複数のトイレとシャワーを新設。炊事場や作業台も設置し、皆で調理体験ができるようにした。都会のような下水設備はないため、キッチンでは化学的洗剤を使わない、トイレでは紙は流さず別に捨てる、といったことを徹底している。
宿泊機能も拡充、世界中から観光客呼び込む
「それに、この家の魅力は何と言ってもこれ」と、丸山さんが胸を張るのは、母屋の外壁。一部がくり抜かれており、19世紀にはここでウサギが飼育されていた。このスペースをパン焼き窯として利活用することを検討中だ。
母屋の裏手、小川のほとりの敷地境界線をまたぐと、20世紀半ばまで使われていた共同洗濯場がある。地域の小さな観光スポットで、遊歩道は集落とつながる。「この集落にはパン屋がないため、muraでパンを販売することで、地元住民に喜んでもらいたい」と言う。
最終的には、母屋の小部屋を民泊にして、世界最大といわれるフランスの農村民宿組織ジット・ド・フランスに加盟し、国内のみならず世界中から観光客を呼び込みたい考えだ。今、その大きな夢に向けて、確実な一歩が踏み出された。
【mura(ムラ)】の情報をもっと知りたい方はこちらへ!
ホームページ:www.muraecovillage.com
メールアドレス : muraecovillage@gmail.com
Instagram:@mura.ecovillage. japonais
山口由紀(やまぐち・ゆき)
在仏30年のフリーライター。 パリ市内の築350年のアパルトマンに住み、フランスの食・住・ 旅をテーマに執筆活動を行なう。