海外トピックス

2020/12/1

vol.375 女たちの終の住処【フランス】

 パリ郊外のモントルイユ市には、フランス初の「60歳以上の女性のための公共集合住宅」がある。女性たちが自主管理して共同生活を行なうことを目的に建設され、2012年に竣工した。

「魔女」の名前を冠した、女性専用の集合住宅

庭から見た「ババヤガの家」 (c) Ville de Montreuil
「ババヤガの家」の入口

 モントルイユはパリの地下鉄の終点にあり、生活利便性はパリとほとんど変わらない。女性たちの終の住処「ババヤガの家」は地下鉄の駅から徒歩2分という好立地にある。
 エレベーターのある6階建ての建物で、1階には市が運営する公共スペース、住居、共同の洗濯室、ババヤガの事務所がある。2階から上は住居だ。住民は、60歳以上で一人暮らしの女性21人、若者4人が住んでいる。特定の年齢層の女性専用とすると、男性やそれ以外の世代を差別していることになるので、若者用の部屋も4室設けたのだ。

 「ババヤガ」はスラブ民話に出てくる魔女、妖婆のことで、日本では「バーバ・ヤーガ」と記載されることが多い。この家の創始者テレーズ・クレール(1927―2016)が命名した。魔女や妖婆には否定的なイメージがついて回るが、フェミニストのクレールは魔女を肯定することで女性、ひいては高齢の女性の復権を謳ったのだった。

老いた女性が安心して暮らせ、市民と交流できる場所を

 テレーズ・クレールは20歳で中小企業の経営者と結婚し、4人の子をもうけた専業主婦だった。敬虔なカトリック教徒で有産階級の彼女が平和運動やフェミニズムに目覚めたのは、教会で社会運動家の神父に出会ってからだった。
 その後、それまでの社会常識やシステムを打ち破ろうとする若者たちが68年に起こし、 労働者や知識人も巻き込んでフランス全土に広がった「五月革命」 の波を受け、女性解放運動に参加。価値観がガラリと変わった彼女は離婚してモントルイユに移り、デパート勤めで生計を立てた。一貫してフェミニズムの闘士で、差別や暴力を受けた女性を支援する非営利団体「女たちの家」を2000年にモントルイユに設立した。その次に彼女が行なった大仕事が「ババヤガの家」の設立だった。

 クレールは母親が寝たきりになったことをきっかけに、老いた一人暮らしの女性が自分たちで管理しながら安心して暮らせ、かつ他の市民との交流もできる、従来の閉鎖型老人ホームとは違う形の公共住宅を作ることを考え始めた。
 準備段階として1999年に非営利法人「ババヤガの家」を作って交渉を始めた。資金は市、国、地方圏議会、県議会、財団などから出た。建設総額は390万ユーロ(約4億8600万円)。建設は住宅公団が行ない、2012年にエネルギー消費が低く、身体障害者にも配慮したババヤガの家が完成した。床には滑り止めの床材を使用。部屋の広さは25〜45平方メートルで、平均家賃は450ユーロ(約5万6000円)ほどで、同じ広さの民間のアパートに比べ50%以上安い。

共同の洗濯室
共同の庭。野菜や果物も栽培している

「老い」に対する社会の目を変える

 70代の入居者3人を訪問した。
 カルメン・アギアールさんはウルグアイ人で、パリで学生だった頃、母国が独裁政権になり、フランスに亡命した。タンゴの教師で、今でもババヤガの公共スペースで教えている。
 2年前、住んでいたアパートを出なければならなくなり、公団に入れないかと市に相談したら、「アーティストのあなたしか、ここに入れる人はいない」と、ババヤガの家を紹介された。住民がイベントを企画して地域の人々と交流するのもババヤガの方針だからだ。家の中にはタンゴを踊る写真や楽器が飾られていた。

カルメンさんの部屋。夫と踊るタンゴの写真が飾ってある
カルメンさんのタンゴ教室のチラシ

フローラ・フェルナンデスさんはチリ人の元教師で、母子で入居した珍しい例だ。テレビでババヤガの話を知り、設立前のミーティングなどに参加し、新築の時から住んでいる。フローラさんも母国の独裁政権から逃れてきた。その後、母で詩人のアリ・ムンさんもフランスに来て、ババヤガでは同じ階の違う部屋に住んでいた。その後アリさんが亡くなり、 今はフローラさんだけが住んでいる。

入居契約が決まって鍵をもらったフローラさんの母、アリさん。88歳の時、市報に出た
フローラさんの母アリさんの90歳の誕生パーティでの写真。前列左が設立者のテレーズ・クレール、前列中央がアリさん。後列右がフローラさん

 マリー・クリスティーヌ・ベルナール・ド・ラ・ガティネさんは元弁護士で、70年代にフランスの女性解放運動グループで活動していた。
 「老いることはいいことだ。上手く老いることはもっといいことだ」とババヤガのパンフレットにある。「老い」に対する社会の目を変えることもババヤガは目指している。「舞台演出家の発案で、若いダンサーと共演する舞台に出たこともある。地方公演ではダンサーたちと同じ宿舎で同じ釜の飯を食べた。世代を超えて一つのものを作り上げた素晴らしい経験だった」、とフローラさんとマリー・クリスティーヌさんは楽しそうに語った。

マリー・クリスティーヌさんの部屋。壁の後ろには寝室がある
マリー・クリスティーヌさん(左)とフローラさん(右)

 モントルイユの例に倣って、フランスの他の自治体でも「女たちの終の住処」を作る試みが始まっている。次はどこにできるのだろうか。

羽生のり子 
ジャーナリスト、ルナヨガ・インストラクター。1991年から在仏。パリ郊外在住。主にフランス社会、文化、美術、食、農業、環境問題、エコロジー、サステナビリティについて執筆。共著「新型コロナ 19氏の意見 われわれはどこにいて、どこへ向かうのか」、「よくわかる 国連『家族農業の10年』と『小農の権利宣言』」、「世界の田園回帰」(農文協)。「海外書き人クラブ」所属。

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