約280万人が住むカナダ最大の都市、トロント。元々はフランス領だった土地ですが、18世紀半ばにはイギリス領になり、今では多くの日本人も含む世界中からの移民が半数以上を占める他民族都市となっています。
そんな都市に住む人たちが集まるトレンドスポットとなっている地区があります。「ディストラリー地区」と呼ばれ、多くのレストランやお店、ギャラリー、劇場があり、さまざまなイベントも開催される観光客にも人気の場所ですが、元々は世界的に見ても最大規模のウィスキーの醸造所でした。北米最大のビクトリア朝産業建築だった醸造所が、どのように時代の最先端を行くトレンドスポットに生まれかったのか見てみましょう。
製粉工場の水車から世界最大規模の醸造所へ
1830年代前半に当時の大英帝国から移住してきたジェームス・ワーツとウィリアム・グッダーハムが、製粉業を始めようとトロント湾に面した土地に21mの風車を建てました。しかし風があまりにも不安定だったため、その頃世界的に最先端だった蒸気エンジンを追加、そして1837年に蒸留器も追加されました。余っていた穀物でウィスキーを造りはじめ、蒸留所になっていったのです。1861年には施設の拡張や輸送システム確立などで、製造量は36万リットルから909万リットルに増え、250人の労働者を抱える施設に急成長しました。1864年以降も貯蔵庫など多くの建物が建設され、醸造所はますます大きくなり、1895年に消防施設の建物が建設されるまで施設の拡張は続きました。
第一次世界大戦時にはアルコール製造を止め、煙の出ない弾薬を製造できるアセトンの工場になりました。戦後は再びアルコール製造を始めましたが、1957年を最後にウィスキーの製造が終了。その後造られていたラムと産業用のアルコール製品も1990年6月を最後に製造終了し、150年間続いた醸造業は廃止されました。
閉鎖後に再開発計画が浮上!
カナダの国定史跡や映画撮影スポットにも
事業がまだ続いていた1988年には、醸造所の複合施設と、敷地内の30の建物がカナダ国定史跡に指定されました。カナダにおいての蒸留産業の進化を総合的に見られるというのが理由です。しかし19世紀後半には産業の後退とともに、複合施設がある地域は衰退していきました。また周辺の住宅整備企画も、不景気などで大規模な計画は進みませんでした。皮肉なことに工場の閉鎖が、保存状態の良いビクトリア朝建築の工場建物を含む周辺地域の再開発の大きなきっかけとなったのです。
工場は閉鎖されましたが、国定史跡として保存状態は良好に保たれているので映画などの撮影スポットとしても使われるようになりました。2000年の映画「X-メン」や、2002年の映画「シカゴ」など、有名作品を含む800を超える数多くの映画の撮影が工場跡地で行われました。
トロントの新トレンドスポットに!
2001年にこの敷地は、今の持ち主であるCityscape Holdings Incの手に渡りました。敷地内は車両の乗り入れが禁止され、国定史跡のガイドラインに従い再開発が進められていきました。そして47の工場建物を含む醸造所跡地は、2003年5月にディストラリー地区としてオープンしたのです。
コンセプトは、ロマンティックでリラックスできる雰囲気を保ちつつ、新しい発見があり、刺激を受けられるニューライフスタイルを楽しめる場所を作ること。そしてオリジナルの建物や技術を生かしながら、現代の最新技術や建材をグリーンテクノロジーと融合させた復元プロセスを進め、ディストラリー地区を作り上げました。
敷地内には46のショップ、22の飲食店があり、国内のみならず世界中から集めた商品やグルメを楽しめます。大きなチェーン店はなく、個性的でコンセプトを持つショップが集まっています。シアターも3つあり、歌、ダンス、演劇が上演され、未来のタレントを育てる取り組みも行われています。8カ所あるギャラリーでは絵画、写真、陶芸などさまざまな団体やアーティストの作品を展示、販売すると同時に展示会やワークショップなども開催されています。ウィスキー、ビール、日本酒などを造るブルワリーや蒸留所もあり、ツアーやテイスティングも開催されています。写真や解説で醸造所だった頃の様子を展示してあったり、使用されていたものが置かれていたりとその歴史に触れられるようにもなっています。
さまざまなイベントも開催!
今年でオープン20周年を迎えるディストラリー地区。常設のお店やレストランなどの人気は衰え知らずですが、敷地内では年間を通してさまざまなイベントも開催されています。
1~3月には世界中のライトアップアーティストの作品が展示されるトロント・ライト・フェスティバル、春休みのファミリーイベント、夏の映画上映、クリスマスマーケットなど毎年恒例の季節のイベントのほか、季節ごとのマーケット、週末に開催されるマーケットやストリートパフォーマンスなど年間を通して多くのイベントが開催されています。誕生日や結婚式、会社のパーティーなどのイベントロケーションとしても人気です。
大規模な産業施設跡地の歴史的価値や景観をそのまま生かし、地元の人が集えるトレンドスポットになったディストラリー地区。近年、取り上げられることの多いサステナビリティーや、地元の人々との共存を20年前から実現している場所でした。
バレンタ愛
2004年よりウィーン在住。うち3年ほどカナダ・オタワにも住む。長年の海外生活と旅行会社勤務などの経験を活かし、2007年よりフォトライターとしても多数の媒体に執筆、写真提供している。著書に「カフェのドイツ語」「芸術とカフェの街 オーストリア・ウィーンへ」など。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」会員。