東急、「自動運転事業」への挑戦
2023年4月、改正道路交通法が施行され、自動運転「レベル4」が解禁された。これにより、遠隔監視等を条件にドライバーのいない自動運転車両が公道を走行できるようになった。
自動運転のレベルは5つあり、レベル1が「運転支援」(自動ブレーキ等)、レベル2が「部分運転自動化」(高速道路での自動運転モード等)、レベル3が「条件付運転自動化」(ドライバーのいる状態での運転タスクの全自動化)だ。現時点の最終目標であるレベル5「完全運転自動化」(特定条件なしの運転タスクの全自動化)に一歩ずつ近付いてきている。
こうした法改正と並行して、都心部周辺の郊外や地方を中心に、実装に向けた実験も加速している。駅から観光地への「ラストワンマイル」として、高齢化が進む住宅地の「足」としてなど、モビリティの拡充は社会課題・地域課題の解決と直結するものだ。とはいえ地域交通は運転手不足が常態化しており、新たな路線に人員を割く余裕はない。そこで運転手が要らない自動運転車両を導入しようというわけだ。
そんな中、19年に自動運転事業に参入したのが、東急(株)(東京都渋谷区)だ。現在、「観光地」と「郊外住宅地」という性格の異なる2つのエリアで、実証実験を重ねている。これまでの活動の軌跡と成果、今後のビジョン等について、同社社会インフラ事業部戦略企画グループ自動運転チームの長束晃一氏と小林康人氏に話を聞いた。
観光拠点・伊豆エリアの活性化へ
同社が自動運転事業をスタートした地は静岡県。その背景には、東急グループの鉄道会社である伊豆急行(株)の存在がある。伊豆急行は「伊東」駅~「伊豆急下田」駅間を結ぶ、いわゆる観光路線だ。沿線には東急グループの宿泊施設や娯楽施設が点在しており、「グループの中で最も重要な観光エリアの一つ」だと長束氏は言う。一方で「伊豆には急な坂が多く、観光客が回遊しづらいという課題も抱えていました。さらなる観光振興のためには、その解決は避けて通れない」(長束氏)。
18年から社内で検討をスタートし、着目したのが、当時はそれほど知名度が高くなかった「MaaS(Mobility as a Service)」。1つのアプリケーションを介して、バス等の二次交通の検索・予約・決済を完結できれば、駅から観光施設へのアクセスも容易になり、利便性は飛躍的に高まるはず。だが大きな壁に突き当たった。「地域交通は運転手不足が深刻で、路線バスの本数は1時間に1本、タクシーも夕方5時を過ぎると駅前から消えてしまう。MaaSのシステムを整備しても担い手がいませんでした」(小林氏)。
時を同じくして静岡県では「しずおか自動運転ShowCASEプロジェクト」を発足。県内での自動運転車両の導入に向けて動き出していた。19年、東急は同事業への参画を決定し、下田市での実証実験に協力。グループ会社の乗務員の派遣や、走行に必要なデータの提供等を行なった。これは「車両単独での自動走行」を検証する内容だったが、結果としては道路状態などの外的影響から車両が停止する事例が頻発。技術的に車両単独の自動走行は困難で、遠隔での「人の目」「人の手」による判断・操縦が必要だと分かった。
20年には東急主体での実証実験を実施。同社が開発したスマートフォンMaaSサービス「Izuko」や「伊豆高原」駅に設置したテレビから、自動運転システムを搭載した小型バス「Izukoいずきゅん号」を呼び出すオンデマンド方式を想定。同駅付近に複数台の車両を監視・操縦できる「遠隔コントロールセンター」を設置し、オペレーターがモニターからさまざまな外的影響を判断、遠隔操縦するオペレーションを実践、検証した。
これらの実証実験を踏まえ、21年に静岡県事業の事業受託者に決定。県内の4都市(賀茂郡松崎町、伊東市、沼津市、掛川市)で実験車両を運行、コントロールセンターで遠隔操縦を行なうなど、オペレーションの高度化に取り組んでいる。併せて、地域住民等を対象とした試乗会も開催。当初は乗り心地の悪さなど技術的な課題を指摘する声が多かったというが、今ではその課題もおおむねクリアし、「観光情報や車両の動力状態(電池残量等)もサイネージで表示すれば乗っていてさらに楽しくなるし、安心感が増す」など、実装を見据えた意見が増えてきているという。
警察等の関係機関と協議を重ねながら、24年の実装を目指している。
将来的には一人で複数台の監視を
そもそも自動運転バスとはどのような仕組みなのか。聞くと、意外にもシンプルなことが分かる。車両に搭載したレーザーレーダーで周辺の建物や障害物等を検知。事前に作成した3D地図データを基に、0.1秒に1回車両の位置合わせを行ない、速度および進行方向を制御するというものだ。走行自体はこのレーザーレーダーと背面のシステムのみで完結している。
そのほか、遠隔監視用のカメラ、オペレーターとの連絡や乗客への案内用のマイク・スピーカーも搭載。乗車定員は8人。リチウムイオン電池搭載で、1回の充電で80kmの走行が可能だ。車両は(株)タジマモーターコーポレーション、自動運転システムは名古屋大学、遠隔監視・操作システムは(株)ソリトンシステムズ、車内案内システムはイッツ・コミュニケーションズ(株)など、さまざまな企業と連携して実現している。
遠隔コントロールセンターによる監視・操縦は「レベル4」実施の条件の一つだ。この背景には、現状の自動運転技術で100%安全を確保できないという技術的課題がある。例えば路上駐車の回避。「回避自体は技術的に可能ですが、対向車が来ているかどうかの最後の判断が難しい」と小林氏は言う。
私たちが普段運転している時も、狭い道では路上駐車があると対向車線が見えづらいことがあるだろう。道路の傾斜や曲がり方によってはまったく見えないことだってある。そういう時に私たちは、周囲の音やこれまでの運転の勘といった「感覚」で判断して進む。しかし機械にそれを要求するのは酷だ。事故が起きた場合、責任をどこに追求するのかという問題もある。
結果的にオペレーターが必要ならば、人員不足という課題をクリアできないのではという疑問も湧くが、「今後技術開発がさらに進めば、一人のオペレーターが複数台の車両を監視することも可能になるでしょう」と小林氏は言う。通常のバスは運転手一人が必要だが、自動運転バスはオペレーター一人で複数台を監視・運行できる可能性がある。オペレーションの負荷はきわめて少ないわけだ。
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